プログラマ復権
日経コンピュータ 12/24号 情報サービス産業協会(JISA)会長 浜口友一氏(NTTデータ取締役相談役)のインタビューで、下記のように語られていた。
(IT産業)84万人のうち、大半はプログラマです。生産性を上げればそれだけ評価が上がるようにすれば、プログラマにとってもやりがいのある楽しい職場になるのではないでしょうか。
現在のプログラマは、生産性を上げると、自分で自分の首を絞めることになります。はい、残業が減り、給与が減ります。生産性が低いほど、給与が増える仕組みです。なんか変です。本来なら、バグが無く、無駄のないアウトプットをどれくらい行ったかで評価されるべきですが。そのプログラムを評価できる人がいません。
日本ではSEが上で、プログラマがしたというイメージがあります。単純労働というイメージでとらえられている。プログラマは重要な職種なので言葉の使い方を見直して、地位も高めていく必要があります。システムは、最後はプログラマが作るのですから。
プログラミングが単純作業としてしてとらえられています。プログラミングを単純作業とするための前工程が、SEが必死になってドキュメントを書きます。要求仕様ということで、顧客側に今から開発しようとしているものがこんなものですよと相互理解するための資料です。それを、プログラマが単純作業として作業できるように、プログラム仕様書を書きます。結構、膨大な時間と人を掛けています。分業体制で行っているためです。でも、大量生産するわけではないので、セル生産みたいに、一人で完成まで行う方が、効率的ではないのでしょうか。その方法論(アジャイル生産)が可能ではないのでしょうか。
以前、米グーグルを訪問したときに、プログラマの重要性を聞きました。彼らにとって大事なのはソースコードであり、それさえあればいいじゃないかと言うのです。逆に日本では設計書こそ大事であるという話になっている。あとは工場のラインで作るような感覚でソースコードを生産できると思っているのです。プログラマの価値をもっと認めるべきです。
現在のソフト開発の多くの工程はドキュメント作成です。でも、一番正確なドキュメントはプログラムそのものです。機械を作るのなら設計書が必要ですが、ソフトは製品自体が本来、稼働するドキュメントです。プログラム以外のドキュメントは本当に必要なのでしょうか。ほとんど使っていないケースが多いのですが。
どうも、ソフトの生産方式がなんか間違っているのではないかと、最近思うようになりました。業務に近いSE、コンピュータに近いプログラマという分業体制が、本当に正しいのかを議論すべき時に来ているような気がします。プログラミングが出来ないSE、業務が理解できないプログラマというのは、今から、無くなるような気がします。業務を理解し、プログラムが書ける役割の人が出てくるともっと、生産性、品質の高いソフトが出来るような気がします。
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