書籍・雑誌

「夜は短し歩けよ乙女」 森見登美彦著

大変面白く読ませていただきました。独特の文体が面白うございます。何とも怪しげな大正ロマンににた雰囲気を感ずるのでございます。おともだちパンチを持った、京大キャンパスに降り立った不思議の国の乙女でございます。同じ京大キャンパスでの物語「鴨川ホルモー」と同じ青春小説ございますが、夢野久作を彷彿とさせる独特の雰囲気でございます。第一章の「夜は短し歩けよ乙女」では、先斗町が「千と千尋」と同じような風景となるのでございます。
ついつい、夜更かしをして読みふけってしまいました。罪な本でございます。みなさまも、機会がございましたら、この怪しげなファンタジーの世界へ旅立たれるのも酔狂かと想われます。

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「北方領土 特命交渉」 鈴木宗男+佐藤優 対談

佐藤優さんの「私のマルクス」を読んだ事で、掲題の本を読む。佐藤優さんたちの裁判は、彼の言葉を借りれば「国策調査」(国家の罠)であるという。そのきっかけとなった北方領土交渉について、鈴木宗男氏との対談で、その過程を明らかにしている。二島返還から四島返還へ。原理原則は四島全面返還であるが、その過程として二島返還を現実のものとするという戦略が書かれれている。その過程で、外務省の人事権などへの影響力を持ち出した鈴木議員。確かに、ある使命感をもって領土交渉を行い前進させてきた。が、その戦術はある種の反感を生み出し、また、当事者も慢心があったのだろう。結果、国家が変わるときのエスケープゴートになったのも事実だろう。

原理原則は大切だが、「原理原則主義」では、物事は解決しないという。最終の理想論を言うことで大衆受けはするが、逆に八方ふさがりとなり、手が打てなくなる、それは大いに理解できる。北方領土ビジネスに偏しているとして「原理原則主義者」を糾弾している。

鈴木宗男対田中真紀子の対立という構造の中にあった本質は何であったのだろうか。この当時に、本質論で議論が出来れば、色んなものが変わったのだろうが。マスコミに偏せず、どうしたら我々は本質を知ることが出来るのだろうか。それは歴史として語られるものであろうか。

出来れば、この本に対する反論として、仕掛けた側からの本も出て欲しいものだ。でも、その仕掛けた側というのは誰だ? 推理小説風にも読むことが出来ます。



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最近読んだ本 私のマルクス 佐藤優 著

私のマルクス 佐藤優 著
 外務省のラスプーチンと言われた佐藤優氏の青春自叙伝です。浦和高校時代から同志社神学部時代の自伝である。高校時代の神学部へ進路を決める過程、社会党との出会い、そして、大学時代の自治会活動とすさまじい勉学。向坂逸郎、大内兵衛などの労農マルクス派、講座派などの社会党系のマルクス主義、共産党などのマルクス主義、そして神学のユートピア、千年王国論が、マルクス主義の後ろに見え隠れする事を言う。

 原始共産制→奴隷制→封建制→資本主義→共産主義
とユートピアを想像しながら、到達するという世界観

 「資本主義がシステムとして自立して、強行を反復しながらあたかも未来永劫に続くという構成を見る宇野経済学、そこには外部性を措定しなければならないという千年王国論

同じマルクス主義でも、その背後にある世界観は異なっていると言う。特に宇野弘蔵の唱える経済原理論には、背後に神がいると看過した滝沢克己さんの「インマヌエルの原事実」を紹介したりする。
(滝沢克己氏は、九州大学文学部の教授で西田幾多郎、カールバルトなどに師事し、インマヌエルの哲学を説いた。いろいろお世話になりました。)

すごい読書量と、考える力に圧倒される。それに比べなんと、不勉強な学生時代を過ごしたのかという後悔に自分自身が駆られる。もっと、本を読んで勉強しておけばという、いつもの後悔に駆られる。(今からでも遅くないか。。。フォイエルバッハなどから読み始めるか?)

また、青春物語として読むのも面白い。


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読んだ本

悪人 吉田修一著
 福岡が舞台である。三瀬峠、佐賀と福岡をつなぐ昔からの道である。そこで殺人事件が起こる。殺されたのは福岡の東公園近くに寮のあるOLである。彼女の郷里は久留米。そして、長崎、佐賀を中心に物語は進む。福岡の都市化と、その周辺の都市の格差。地方のもの悲しさが感じられる。が、犯罪の裏側にある感情には、共感できるものはない。地方の生活の息苦しさだけが感じられるだけであった。


鴨川モルモー 万城目 学著
 青春小説である。京都大学の学生生活、そこでのモルモーという戦い。疾風怒濤の青春物語である。ついつい自分の学生生活を思い出し、あの時代に戻りたいと。


エクサバイト 服部 真澄著
 記憶媒体などの発展により、個々人が見たものが映像としてチップに記録することが可能となる。体に埋め込んだ、ビデオ装置で見たものがそのまま記録される。その記録は、自分でしか閲覧できないが、亡くなるときに相続することが出来る。当然、知られたくない部分は個人の意志で消すことが出来るようになっている。また、企業等での秘密は、その空間でスクランブルがかかっており記録することが出来ないような状況となっている。一応、百年後には個々人の映像は相続人以外も見ることが可能となる。
それを全部、アーカイブして過去の世界の映像を蓄積するというビジネスに関わる物語である。個々人の映像を全部見るためには同じだけの時間がかかるので、個々でも検索の技術が問題となる。画像認識で、一番、出現回数の多い順とか、笑い声が混じっている部分とかの検索が考えられる。
 記録と記憶の違いは、記憶は個人によって、自分の生きるのに必要なように忘却または改ざんされていく。が、記録は、悲しいことはそのままの状態で残る。繰り返し、その悲しみを追体験することになる。
 記憶と記録、記録の検索、映像と実体など、考える事柄がいっぱいある物語である。

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【八日目の蝉】 角田光代著

「八日目の蝉」(角田光代著)を読んだ。何とも形容しがたい読書感である。不倫相手の生後間もない赤ちゃんを誘拐。だんだん読み手の感情は、その女に共鳴していく。

逃げて逃げて。。。でも赤ちゃんも気になる。その赤ちゃんが成長していく。自然食品の団体での生活、小豆島での生活、そしてついに。一転して、十数年後、その誘拐された子供。なぜ私なの。ラスト近くで、フェリーの船着き場で、保護された時に、その女の叫んだ言葉が、突然、思い出される。泣ける。

地中からでた蝉は七日目で死んでしまう。でも最後の一匹としてのこった蝉は。どんな過去を持ったとしても、その次の日を生きていかねばならない。優しさ、切なさが残る読後感です。

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読んだ本 しゃべれどもしゃべれども

国分太一さんで映画化されたものです。

               映画公式サイト 

不器用でお節介な人々の話です。落語の世界の人情話で恋愛小説です。文章がきれいです。二つ目の落語家、自己嫌悪に陥っている元劇団員、関西弁でいじめれれている阪神ファンの小学生、本音でしゃべれない野球解説者の元プロ野球選手、いじめれっ子でテニスでなんとか自分と取り戻した吃音のお坊ちゃん。そして、落語家のお茶の先生。人それぞれが丁寧に描かれている。そして、何となく始まった話し方教室での心のふれあい。そして事件。一気に読みふけるというものではありませんが、なんとなく読まないと気になる本でした。

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読んだ本の紹介

鹿男あおによし 万城目 学(まきめ まなぶ)著
 現在、テレビドラマで放映されているものである。物語は、代用教員で奈良に鹿島神社近くで育った物理の先生が赴任。坊ちゃん的な物語である。奈良という特殊な場面でのSF的物語。鹿、狐、鼠、そして卑弥呼。奈良という連綿と続く歴史の存在があればこそ、成り立つ物語。荒筋についてはネババレになるので割愛。でも青春ドラマ、学園もの、SF、漫画チックということで、まあまあ楽しめました。最後には奈良を散策してみたいという気持ちになります。奈良の近くには住んでいましたので、何となく、懐かしいような、そして、県庁近くの情景を思い出しておりました。

エトロフ発緊急電 佐々木譲 著
 「警官の血」が面白かったので、その作者の何とか賞の受賞作ということで読み始めた。真珠湾攻撃に向かう海軍特殊機動隊の動向を探るアメリカからの日系人スパイの物語である。エトロフの単冠湾(ヒトカップ)に真珠湾に向かう海軍が集結する。スペイン人民戦線、アメリカ、そして日本、エトロフで駅逓を営む女との恋など、盛りだくさんです。単冠湾(ヒトカップ)に集結したことはこの本で知りました。

行きずりの街 志水辰夫 

 日本冒険小説大賞 1991年日本ミステリー・ベスト1とあるが、あまりおもしろくなかった。何で警察に駆け込まないのか、不思議。プロットに無理がある。よくわからなかった。帯に引かれて読んだ本である。

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最近 読んだ本

警官の血 上下 佐々木譲著
 昭和23年の警官大量採用時に採用された警官一家の3代にわたる物語である。上野警察署に採用され、上野公園の交番勤務から始まる。そして念願の天王寺派出所(家族とともに住み込み)勤務となる。地域のお巡りさんである。
 ちょうど、一代目の警官は私の父、そして2代目は私の世代とまさしくかぶる。一代目の時代は戦後の混乱から、少しずつ人々の生活が上向きになる中での共産党の争乱の時代。2代目は、全共闘時代で赤軍の武装闘争時代である。その2代にわたる時代の空気は、そのまま感じ取ることができる。3代目は、バブル時代である。
 現在の勤務先が上野に近いこともあり、上野動物前交番やアメヤ横町などの土地勘もあり、その時代の風景を重ねてみることができる。
 地域のお巡りさんから、公安、刑事へと、時代そのものを感じさせるドラマである。人の生き方が時代に翻弄されていく様が描かれている。

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この間読んだ本

隠蔽捜査、隠蔽捜査2 今野敏著
 東大卒のキャリア官僚竜崎課長が、第一編ではオウム事件警察庁長官狙撃事件をモデルにした警官による犯罪を隠蔽することに対しての物語である。 WOWOWOでドラマ化されていた。竜崎課長の原理原則に沿った行動、それを貫くことが官僚としての役目であるという信念が面白い。
 第二編は、家庭内の事などで左遷され、大森署の署長となるが、ここでも官僚の本領を発揮することで活躍する。

 今野敏さんの本は、このほかにST警視庁科学特捜班シリーズがある。これは赤、青などの色シリーズで、なんとかレンジャーというノリである。あっという間に読むことが出来る。このシリーズも完読。
 また、東京ベイエリア分署シリーズも大変面白く、前シリーズ完読。

ゴールデンスライバー
 ご存じ伊坂幸太郎の最新作。ケネディ大統領暗殺と同様の大事件が仙台を舞台に起こる。そのオズワルドに仕立てられた青柳くんの物語である。伊坂テースト満喫である。大学時代の友人、ビートルズ、ロック、そして会話のすばらしさ。何となく、読んでしまう感じである。

 伊坂シリーズ、オーデュポンの祈りラッシュライフ陽気なギャングが世界を回す重力ピエロアヒルと鴨のコインロッカーチルドレングラスホッパー死神の精度魔王砂漠終末のフール陽気なギャングの日常と襲撃、フィッシュストリーまで一応、読了。

ウォッチメーカー ジェフリー・ディーヴァー著
 科学捜査のライムシリーズであるが、計算され尽くした犯罪が簡単に暴かれていく。その暴かれ方の必然が、あまり感じられない。ご都合主義的に見えるのだが。
ウォッチメーカー

 

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「中陰の花」 玄有宗久

2001年第125回芥川賞の「中陰の花」(玄有宗久著)を読む。中陰とは「中有ともいい、有と無の中間のあり方、陰と陽のどちらでもあるあり方」。あの世とこの世の間と言うことであろう。小説は僧侶夫婦が経験する事を淡々と語っている。中陰とは、小説の中では、湯気みたいなものと説明される。お湯から湯気となり、広大無辺な世界に広がっていく様で説明される。仏教では、質量不滅の法則と言うことで、体・魂が死んでバラバラ(木っ端微塵)にあり、そしてそれが極微(ごくみ)まで広がり(シューニヤ)、宇宙に拡散していくらしい。そのバラバラになる過程を中陰といい49日ぐらいかかるそうだ。極楽浄土まで10万億土、そこに到達するまで49日。その速度は光の速さ。

解説で河合隼男さんは、現代の宗教は「死」を語るのに近代科学を用いて説明せざる得ない。近代科学は、物事を区別すること「切る」ことで説明するが、禅などでは変性意識と言うことで、その区別を無くし、物事を融合させ、関係づけることを行う。帝釈天宮にあるインダラ網みたいなものですべてが関係だけで成り立っている。宗教とは、人間がその「切れる」と言うことで孤独なり、潤いが無くなっているものを「関係」を第1と考えることで補うことであり、それを小説の形で、示していると言う。


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最近読んだ本 その4

意外な結末で、やられたと感心する本を紹介。

葉桜の季節に君を想うということ 歌野晶午著

第57回日本推理作家協会賞受賞
第4回本格ミステリ大賞受賞 とあります。
物語は、「何でもやってやろう屋」の元私立探偵が悪徳商法が行う生命保険殺人事件を追いかけます。最後のどんでん返しは、どこかに伏線があるのかもしれませんが、全く気づきませんでした。まさしく、タイトル通りの物語でした。

エイジ 重松清著

これはミステリではありませんが、新興団地の中学生が、通り魔事件を通じて、一つ大人になっていく過程が書かれています。あの中学生時代の複雑な感情はもう忘れましたが、子どもでもない大人でもない、そんな多感な時期を、それぞれの体験を通じて、大人へ。自分もそんなにして、大人になっていったんだと感じます。

母恋旅烏 萩原浩著

あの「明日の記憶」の萩原浩さんです。旅芸人をやめた家族の物語です。コメディーですが、何となくほのぼのとさせてくれます。そして、最後の大舞台。がんばれと言いたくなる一家の物語です。

おまけ

「葉桜の・・・・」どんでん返しに関する漢詩は、白居易の耳順吟が該当します。

三十四十五欲牽 七十八十百病纏
五十六十欲不悪 枯淡清浄心安然

読みは
三十四十は五欲に牽(ひ)かれ
七十八十は百病に纏(まと)われる
五十六十は却って悪しからず
恬淡清浄にして心安然たり

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最近読んだ本 まとめ書き その3

次は、クライム小説を3冊。

パーフェクト プラン 柳原慧著
第2回「このミス」の大賞受賞作とあります。代理母が、産んだ子供を救うために、犯罪を企てます。幼児虐待、オンライントレード、コンピュータ盗聴、コンピュータクラッカーなど、最近の話題が満載。受賞時にはコンピュータ関係に関する事柄は、生煮えだったらしいが、その後、専門家のアドバイスで、詳しいものになっているとのこと。アランチューリングの最初のコンピュータの話や、彼のホモであることによる迫害なども書かれています。ストーリーは、身代金ゼロでせしめたお金は5億円、インサイダー、風説流布などの犯罪ぎりぎりのところで話は展開されます。LinuxにVmwareでWindow導入など、仮想マシンの話もあり、コンピュータの話は強化されています。

ヒートアイランド 垣根涼介著
若者達が手に入れたのはやくざの金だった、と帯にあります。渋谷のストリートーギャングと、不正なお金を狙うクールな強盗団、そして渋谷にはびこる地場のヤクザと、新興勢力の大手ヤクザが、盗まれた金を巡っての立ち回りです。出てくる男達は、ケンシローみたいなタフな男達です。そして信頼できるパートナー。ごてごてのハードボイルドです。

真夜中のマーチ 奥田英郎著
空中ブランコなどで、あの独特のキャラクター伊良部先生を登場させた奥田英郎さんです。これも賭場のお金を巡っての争奪戦です。こちらの方が、洗練されています。出てくる男達は少々、社会からドロップした人たち。共感がもています。
これはテレビで一度ドラマ化されていました。見た覚えがあります。結構、面白かった。でも小説の結末とは少々異なっておりましたが。また、映画化されるらしいですが。
でも奥田英郎さん、いろんなものを書きます。「サウスバウンド」は豊川悦司さん主役で映画化されているとのことです。

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最近読んだ本 その2 

警察ものを3点ほどご紹介

笑う警官 佐々木譲著

北海道警察で裏金が発覚します。裏金が幹部によって使われることで、現場では、拳銃密売などで報奨金などを調達することが発覚することから始まります。
その裏金について、証言をしようとする刑事が、殺人事件の容疑者として道警から指名手配を、そして薬剤使用と言うことで見つけ次第、射殺してもかまわないという命令が下ります。その刑事を救おうと、おとり捜査で一緒だった刑事が裏捜査本部を作ります。そして、そこにプロの刑事達が集まり捜査を開始します。

でも警察の予算がないために、私物のパソコン持ち込みなどの記述があります。たぶん、あるんでしょうね。そんな中でいろんな情報漏洩が起こるんでしょう。パソコンの予算など何とかしろよ、と、突っ込みたくなりました。

リオ 今野敏著

人からの評価を気にしている(本人は思っている)、警視庁強行犯係 樋口顕が登場します。でも、尋問などではその人本人の気持ちになり、口を割らせます。
昭和30年生まれと言うことで、全共闘世代に対して、彼らは破壊だけを行い創造は行っていない、自分らの世代はその後始末をずっとやらされてきたという世代感を持っています。シラケの前の世代と言う設定です。

事件はリサという美人高校生が殺人事件の容疑者として手配されます。その裏には。。。

触発 今野敏著

同じ作家の本です。今後は爆発魔。地雷で母親を亡くした、自衛隊員、そして爆発物に対する独特の感覚を持ち、爆発物のエキスパートとなります。その自衛隊員が警察に出向して、爆発魔とプロとプロとの誇りと意地、と言う設定です。
でも、爆発物を処理するというのは、仕事とはいえ大変なことでしょうね。そして、その爆発物が日常にある地雷ということを考えてしまいました。


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最近読んだまとめ書き その1

やっと涼しくなりました。暑さで、へばっているときは、読書に没頭しておりました。読書と言っても、ミステリー他です。まず第1のおすすめは、

幽霊人命救助隊 高野和明著

養老猛司さんご推薦の本です。私もおすすめします。自殺を図った4名が、7週間、命を無駄にしたお仕置きとして神様から、100名の自殺願望者を救うことを命じられます。それが達成したら天国へと言う約束です。装備は、レシュキュー隊風の服装と、暗視装置(自殺願望者を発見できます。) そしてその人の心へ訴えかけるメガホンです。
いろんな自殺願望者が現れます。その人の心の暗闇が語られていきます。それを何とか、説得して、病院に送ることなどで助けていきます。そして、4人の自殺動機を内省することになります。コメディー風ですが、時々泣かせます。まだ来ぬ未来に対して、不確定な将来に対して、非観的に、そして変えられない確定のものとして、絶望する心性とは何なんでしょうか。
そして、4人は天国へ行くことが出来るのでしょうか。いろいろ、考えさせられます。おすすめです。


生きることを怠けるんじゃない。自分が変わるのは面倒くさい、他人が変わればいい、それが現代人で、自分が変わろうとするのが面倒くさいだから、一思いに死んでしまおうとするのが自殺である。


とは、解説の養老健司さんの解説の言葉である。

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パブロ カザルス 鳥の歌

パブロ カザルス、チェロの近代的奏法を確立し、20世紀最大のチェリストである。ヨハン・セバスティアン・バッハ作『無伴奏チェロ組曲』(全6曲)の価値を再発見したのも彼の仕事である。

そのカザルスの語録、「鳥の歌」(ジュリアン・ロイド・ウェッバー編 池田香代子訳)を読んだ。

一言一言が実に深く面白い。1938年10月19日、フランコ軍がカタロニアに進軍しつつあるとき、スペイン最後のコンサートを行い、全国に放送され、ラジオでスペインの自由が重大な危機にあることを訴えた。


もしもそれが(市民戦争)が正義と平等の為であるならば、もしそれがたんにうわべを変えるだけではないのなら、もしそれが利己主義の戦い、憎しみや個人の恨みをはらすためのものでないなら、そしてそこから将来、人類の幸福が花開くのなら、私は認め、行動を共にしましょう。私は芸術家です。私が私の芸術で求めているのは、人と人との平和と調和だけです。


芸術を全うした人の言葉は、一言一言が考えさせられる。そして、その彼が残した演奏が聴ける幸せを感じている。

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【20世紀少年】が【21世紀少年】になった。

コミック「20世紀少年」の最終章上が6月にでた。ビッグコミックでは7月14日に完結したとのこと。たびたびの休載を繰り返しての完結です。漫画自体は、第48回小学館漫画賞、第25回講談社漫画賞、第6回文化庁メディア芸術祭優秀賞、ヨーロッパ最大の漫画賞と言われるアングレーム国際漫画祭の最優秀長編賞を受賞したりしている。

物語は1960年代を少年時代として過ごした子どもたちの空想が、20世紀末に彼らによって実現されていく。子ども時代の空想に満ちた「よげんのしょ」が一つ一つ実現され、世界大統領などになり、その無邪気な遊びで世界が破壊されていく、それを、その当時の仲間(ケンジくん他)が、世界大統領(ともだち)の正体を暴きながら、戦っていくというものである。

その謎解きと、ストリーの予想もしない展開に、いつも次の号が読みたくなる。が、筋を追うのが難しく、途中で間が開くと、どうなったんだっけと? 悩むことしきり。そのうち、解説書も出るでしょう。ネットでもいくつかあるかと思う。2008年には実写の映画が3部作で上映されるとのこと。

60年代の郷愁と、そのころ単純に未来を楽しいものだ、素晴らしいものだと空想していた子どもたちが、実現されていく実世界にとまどいながら、こんなものでは無いと立ち向かっていく姿に、60年代を子ども時代として過ごした我々は共感を持つのかもしれない。

その最終章からは「21世紀少年」とタイトルが変わっていた。


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「シリコンバレー精神」 梅田望夫著

IT革命、ネットバブルはいったい何だっただろうか。まだ、総括するには早いのかもしれないが。でも、この本に書かれている1996年秋から2001年夏にかけてのシリコンバレーは、多くの天才が技術に夢見て、そして、その技術に賭けて大冒険をした時代でもあった。あたかも、スペインなどで大航海に望んだ船乗りなどのように。多くの資本が参加して、それを後押し、世界を広げていった時代のように。いくつかの言葉が紹介される。

  • 人生一度の機会(Once in a Lifetime opportunity)
  • それが行く道だ(That's way to go)
  • 価値を生み出すのは会社ではなくて個人なんだ
  • Muddle through(手探りで困難に立ち向かう


個人の力を信じながら、新たな未来を切り開くために向かっていく姿が描かれている。

そして、ネットバブルは終わって、ルールは変わったかもしれないが、IT革命はまだ、その全貌を見せていない。

これからの10年先はどうなるのであろうか。IT革命は、終わったのではなくその過程にある。

個人を殺して会社に努めて来て、今思うことは、出来ることなら再度、チャレンジしてみたいと思う。それがかなわないなら、若い人たちに賭けてみたいと考える。少なくとも今までの経験で、触媒ぐらいにはなれるだろう。寝食を忘れて何事かに打ち込む事を、再度、やってみたい。

そんな再チャレンジを決意させてくれるような本です。まだまだシリコンバレー精神は死んでいないし、IT革命は終わっていません。

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「加速するテクノロジー」 レイ・カーツワイル談

NHK未来への提言シリーズ「加速するテクノロジー」(レイ・カーツワイルと徳田英幸)を読む。情報テクノロジーの発展は指数関数的な進化(収穫加速の法則)で進んでいるという。DNAの進化、カンブリア紀の生物種の大爆発、ホモサピエンスの誕生、火や医師の道具の技術、印刷技術など古来から指数関数的な時間で、物事が進んでいるという。そして、2020年には一台のコンピュータが人間の知性を凌駕し、2045年には人間の知能の10億倍の能力を持つ人工知能が登場し、人類とテクノロジーの関係が「特異点(人間の能力が根底から覆り変貌するとき)に達するという。

子どもの頃は未来に対して夢あるものを描くことが出来たが、高度成長などで、その悪い面、環境への影響などなどを見るにつけて、希望ある世界像を描くことが出来なくなりつつある。

しかし、我々の認識活動はコンピュータ、ネットワークで、数十年前から飛躍的に拡大しつつあることも事実である。これが、我々の認識活動や、それを受け入れる知性に対してどのような影響を与えるのであろうか。学習と言うことも、単なる知識の詰め込みと言うことでは、インターネットさえあれば何でも知ることが瞬時に出来る、その意味では、その事実をいかに編集して新しいものを生み出す技術が必要となりつつある。それにしても、「特異点」というのは来るのだろうか。

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「生物と無生物のあいだ」 福岡伸一氏著

講談社現代新書「生物と無生物のあいだ」を興奮しながら読んだ。生きていると言うことは何であるか? 生命とは自己複製システムがあると言われているが、それが生命の定義であるのか。コンピュータウィルスも自己複製システムを持っている。そんな疑問を呈しながら、分子生物学のDNAの二重螺旋を発見したワトソンとクリックに先駆けるUnsong hero(縁の下の力持ち)オズワルド・エイブリー、DNA=遺伝子であることを実証しつつあった。また、DNAの2重螺旋構造を見つつあった、X線構造解析の女性物理学者ロザリンド・フランクリンとワトソン・クリック組の盗み見。ポスドクとして研究の傭兵として、雇われる研究者、成果を求めて激しい競争をするかと思えば、自分の生き方を貫くサーファー兼研究者。そんな研究のダイナミズムが描かれている。そして、驚くべきことは、

動的平衡
生物の細胞を構成するタンパク質は、日々、新しいものと入れ変わっているという事実。脳の細胞も歯の組織も、エントロピーの拡大に抗するために、日々、古いタンパク質は壊され、新しいタンパク質に入れ替わる。そして、形態の相補性と言うことで、欠けたジグゾーパズルは保管される。時間という流れの中で、生物というのはタンパク質の密度の濃い部分が、ある期間、形成されている。時間と生命の戦い。

そして生命は、発生過程では、不都合があれば別系統の発生で、補完していく。この精密な仕組みのダイナミズムは解明されつつあるが、それがどのようにして作られていったのかという謎は残る。

生命の不思議、そして、それを解明しようとする研究者の姿が、描かれている。あっという間に読みました。お奨めです。



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ギャップーイヤー

「フューチャリスト宣言」(ちくま新書)の中で、茂木健一郎さんが、「ギャップーイヤー」と言うことで大学生向けに公演していたものが掲載されていた。ギャップーイヤーとは、履歴書に空白が生じることらしい。日本では、就職面接でも(実際に行っていたので、よく判りますが)、学校の間や、職の間に、空白があると、結構、マイナスになります。その間に何をしていたのか、いくつも大学や企業を受けて、通らずに留年していたのか、など、すぐに聞いてしまいます。この本の対談相手の梅田望夫さんも、日本の企業は、ブドウの房、海外の企業はリンゴの木と評しています。日本の場合、房としての手段であり、個々の果実(個人)は、房の奥深くに隠れていて見えない。一方、リンゴに木は一つ一つのリンゴが、どれくらい実っているのかがよく判る様になっていて、果実のなる枝ごととして機能してと表現していた。

確かに、日本の場合、一つの実だけが大きくなると、房としては困るかもしれない。突出することをあまり好まないようである。また、優れた人で、一匹狼的に生きていくと、ギャップーイヤーと言うことで、社会的落伍者みたいに見られてしまう。その恐怖感というのは結構ある。

そんな社会に生きてきて、脱落することもなく、生きてきましたが、正直飽きています。ネットの世界に飛び込んで、自分のできることで勝負に出ましょう。

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リサ・ランドール 「異次元は存在する」

ハーバード大学で理論物理の教授リサ・サンドーラ博士と宇宙飛行士若田光一さんの対談である。NHK未来への提言シリーズの一巻として発行されている。
究極の理論といわれている「ひも理論」(万物はひも状のものからなるというもの)では、10次元、11次元と今の空間3次元に時間軸を加えた4次元よりも多い次元(余剰次元)を持っているらしい。その余剰次元を今まではコンパクトにたたみ込んでいたが、彼女の理論では、我々の住む世界が5次元のブレーン(膜)に閉じこめられているというものである。それにより余剰次元を解決しているらしい。(らしいというのは、数式を見て理解したわけではないので。---本当は、理解したいが。。)

そのことで重力が他の力に比べて小さいことを理論立てている。重力は、その5次元の世界の外に漏れ出すことにより弱められたり、力が偏在しているという。その漏れだした重力を使うと、その外の世界と通い合うことができるかもしれないらしい。この理論の正しさは、CERN(欧州合同素粒子原子核研究機構)の加速器LHCの14兆電子ボルトという超高エネルギー状態の実験でもしも、消える粒子が確認されれば、それが漏れた証拠らしい。

でも数学と現実の一致というのは不思議である。茂木健一郎さんの「脳と仮想」でも次の記述に共感する。


数学を成り立たせているのは、徹頭徹尾、この世界にはどこにも存在しない仮想である。数学の歴史とは、そのような仮想の間の関係を、論理と整合性を保ちつつ構築することであった。

そのような仮想によって構築された数式の世界に、現実の世界がなぜか従う。このことは、私たちの生が投げ込まれているこの世界の持つ、きわめて不思議な性質の一つと言わざるを得ないのである。


不思議だ。。

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「余は、生来画を好む・・・」 山下りん   明治を生きたイコン画家

ロシアのエルミタージュ美術館に日本人女性のイコン画がある。その人の名は山下りん。日本で初めての公立美術学校、工部美術学校初めての女子学生だ。その生き方はストレートである。絵を学びたいが為に、15歳(明治5年)で茨城の笠間から、家出する。連れ戻されるが、翌年、家人を説得して東京へ。浮世絵師国延の門下にはいるが5日で、師にあらずということで国周のもとへ、17歳にして円山派の藍雪のもとへ、翌年洋画家中丸精十郎の門下へ。翌年、工部美術学校へ本家の支援を受けて入学。そこでの同級生の関係で、ニコライ堂で有名なハリストス正教へ入信。それからすぐに、ロシア語も学ばずにロシア留学。ニコライの目的は、イコン画を学ばすためであるが、りんの目的は洋画を学ぶため。ペテルブルグの修道院でイコン画を学ぶことになる。が、エルミタージュ美術館などに行き、西洋画へ傾倒し、イコン画がつまらなく思え、2年で戻ることになる。その後、いったんは正教会を離れるが、その後、日本の至る所の正教会のイコン画を描くこととなる。

「余、生来画を好む・・・」 そのために、師を求めてさまよい、ロシアまで単身で留学する明治の女性。そのたくましさと、情熱に対して、畏敬の念を禁じ得ない。

ちなみに、パソコンなどのアイコンの語源は、イコン画のイコンと同じものである。イコン=写し絵、似姿から肖像を意味するらしい。

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藤田嗣治 「異邦人」の生涯

<藤田嗣治 「異邦人」の生涯>を読んだ。最近になってやっと評価が高まりつつある藤田であるが、パリ時代には、日本の異国情緒で売っている画家、奇行の画家といわれ日本の画壇では評価されなかった。そして、戦争の時は戦争画を描き、その結果、戦後、大きな批判を浴びる。そして、再度、日本を離れ、フランスに帰るが、その時は青春時代を過ごした仲間は亡く、フランスの記者に「亡霊が帰ってきた」と書かれる。そして、フランスに帰化し、カトリックの洗礼を年老いて受ける。

しかし、パリ時代には、モディリアーニら貧乏な生活を共にし、モンパルナスの女王と後に呼ばれるキキには、なけなしの金で看病したり、印象派の絵の具を厚く塗るのでなく、自分しかできないことを目指す。そして、それが独自の画風として評価されることになる。また、酒も飲めずにデカンダン風を装うが、多くの時間を絵に費やしいた。また、戦争画も、実物を見ると勇猛さを喚起するのではなく、悲惨の一語に尽きるものもある。

フランスで自分の画風を確立し、一家をなした。しかし、日本に受け入れられるために戦争の兵士の一員となったつもりで絵を描く。そして、それが故に、また日本を追われるようになる。

なんて、不器用な生き方であろうか。また、絵も、「乳白色肌」から、どんどん変わっていき、また、そこに戻るが、無表情という表情を持つ子供たちの絵となっていく。

戦争という時代を経なかったら、日本でどんな画風を確立したのだろうか。

絵に込められた、人の生き方に感じるこの頃です。

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最近読んだ本 「沈黙のナイチンゲール」「ジェネラル・ルージュの凱旋」 海道 尊

「このミステリーがすごい!」大賞「チームバチスタの栄光」の続編。この両編とも同じ設定で、物語が進行する。同時進行なのか、それともパラレルワールドでの出来事なのか、定かではない。
「沈黙の・・」方は、オレンジ病棟にある小児科勤務の看護師を中心に物語が進む。オレンジ病棟とは、テレビの「ER」にあるような救命緊急センターである。そこに小児科も併設されている。
「ジェネラル・ルージュ・・」の方は、そのICUに勤務する外科医中心で物語が展開する。そのメインストリーに対して、不定愁訴外来の田口先生と、厚生省のお役人白鳥が絡んで、事件や問題を解決していく。
物語としては、「ジェネラル・ルージュ」の方が、面白かった。物語そのものよりも、そこに展開する医師、看護師、そして大学病院のシステムなどの実態が書かれているのが興味深い。作者自身が医者であるので、その問題の描写など、なるほどと思わせる。読む順番は、「沈黙」から「ジェネラル・ルージュ」となるのだが、私の場合、逆転してしまった。が、あまり問題は無いかも。
でも、医者、看護師、忙しさは並大抵でなく、かつ、病院というシステムは儲けるのも難しい世界であることがわかる。そのうち、専門性の非常に高いワーキングプアの世界になるのかもしれないと思わせる。

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「ローマ人」の物語8~13巻 ユリウス・カエサル

「ローマ人の物語」8~13巻(文庫本)は、ユリウス・カエサルの物語です。日本が弥生時代に、地中海では国家のあり方を巡って、こんな物語あっていたのですね。
8~10巻までは、ルビコン以前のカエサルの物語。青年期のカエサルは、借金、色恋とスキャンダラスな青年です。莫大な借金を抱えていました。37歳にしてやっと、最高神技官となり元老院体制への挑戦が始まります。その後は、42歳から50歳まで、8年に及ぶガリア戦役を指揮します。ライン河を渡ったり、ドーヴァー海峡を渡ったりして、八面六臂の活躍です。そして、51歳にして元老院体制のローマへとルビコン川を渡ることになります。そして、ポンペイウスとのファルサルスの会戦。そのポンペイウスを追って、アレクサンドリアへ。そしてそこでクレオパトラと出会います。その後、カッパドキアまで転戦します。(来た、見た、勝った) 地中海世界を一つにします。でも、暴君ではなく、寛容(クレメンティス)の精神の持ち主で、敵対した人もそのまま活用します。そして、55歳で、王政をおそれるカシウス、ブルータス等から暗殺されます。でも、共和制が復活することなく、アントニウス、そして、カエサルの後継者オクタビアヌスで、三頭政治が。アントニウスはその後クレオパトラにのめり込みます。そして、プトレマイオス王朝とローマとの戦になり、クレオパトラ軍はオクタビアヌスに敗退します。そしてローマは帝政へと政治体制を変えることになります。結局はカエサルが描いたように、時代は変わり、また、担う人間も若い人たちに変わっていきます。

このような壮大な物語が、紀元前40,30年に起こっていたのです。

「歴史はときに、突如一人の人物の中に自らを凝縮し、世界はその後、この人の指し示した方向に向かうといったことを好むものである。(中略) これらの偉人たちの存在は、世界史の謎である。」(プルクハルト)


わくわくして読みました。


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「レオナルド・ダ・ヴィンチ 受胎告知」岡本温司 池上英洋著

上野で開かれているレオナルド・ダ・ヴィンチ展を企画した、池上英洋さんが、「レオナルド《受胎告知》解体」を、平凡ライブラリー「レオナルド・ダ・ヴィンチ 受胎告知」に書いている。

ウィフィツィ美術館の受胎告知の帰属問題(レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたものかどうか)と、ルーブルにある同様の構図の受胎告知の関連性と、その作者について論じている。その当時の、工房で、分業でいろんな専門家が担当して描いていたという絵画作成の構造が面白かった。また、レオナルドの思索の原点はこの絵にほとんどあるという。レオナルドという人物が残した作品から、その時代を明確にしていくという作業が、続けられていくことになる。

時代というのは、そのダイナミズムを、一人の人間に集約し、芸術などの作品で表現していくのかもしれない。今という時代は、どのように表現されつつあるのだろうか。

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印象派の画家たち

「モネ 名画に隠れた謎を解く」吉岡正人著によると、意外と印象派の画家たちは裕福な家庭の出身が多いらしい。
 
  • クルーベ 農民出身のブルジョアで、父は農場と葡萄園を経営
  • マネ 司法省の高級官僚の長男
  • ドガ パリの名門の一族で、父は祖父が起こした銀行の支店長
  • セザンヌ 父は裕福な帽子屋から、銀行を所有
唯一、ルノワールだけが、労働者階級の6番目の子供であったらしい。モネは、裕福な家庭に育つが、途中では金銭的に困窮し、その後にまた、復活した。でもモネさんのカミーユと、パトロンであったオシュデ家との関係というのは不思議なものがある。


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「自壊する帝国」 佐藤優 著

背任と偽計業務妨害で起訴休職中外務事務官 佐藤優氏がソ連崩壊のゴルバチョフが軟禁されたクーデター事件から、ソ連が崩壊する時代を、ソ連で外交官として活動していたことを元にした小説のようなドキュメントである。

共産主義と宗教、そして民族、それらの絡み合い、単民族、そして宗教と無関係の日本人からはうかがい知ることができない関係である。ソ連とは何であったのか、そして国家とは? 他民族や異なった宗教を信じる人を、どうひとつの国家としてまとめ上げていくか、そのためには、別の宗教(価値感)が必要とされたのか。

佐藤氏の神学というバックボーンがないと、たぶん、書かれているような分析はできなかったと考える。理性だけではなく、その人間が信じているものを理解して始めて国際情勢というのは見えるのかも。その意味では、今の国際情勢は、宗教、民族という枠組みから逃れ得ていないのかもしれない。

それから前の著書にあったが、米国のネオコンは民主同時革命というトロッキストであるという指摘が印象に残っている。

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「憑神」 浅田次郎 著

浅田次郎著「憑神」:幕末の深川元町 御徒士組十五番組の次男である。次男が故に跡取りがいない上級武士の娘婿になるが、長男が生まれると難癖つけられて戻ることに。
そして兄夫婦と母親と住むことになる。そこで、三巡神社に参ったことから貧乏神、疫病神、そして。。に憑かれることになる。

人に生きるための矜恃、そして、時代が変わる時、ケジメとしての犠牲が必要となる。前の時代に殉ずるものがいて、そして、その犠牲の上に新たな時代が来る。その幕末をどう自分の気持ちに正直に生きることができるかという物語。

貧乏神、疫病神などの可笑しさと、ペーソス。さすが浅田次郎である。七月に妻夫木聡主演で映画化されるとのこと。楽しみである。

そして、時代が変わる時に、価値感を変えるシンボルとしての犠牲という構図。鈴木宗男事件での佐藤優氏の「国家の罠」(国策捜査)がダブって見えた。

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最近読んだ本 「国家の罠」

「外務省のラスプーチンと呼ばれて佐藤優著『国家の罠』」
ロシア外交の情報収集のためにテルアビブで行った国際会議での背任と為計業務妨害で、裁判中である外務情報分析官 佐藤優氏の獄中記と、その間の経緯である。
書かれていることは事実であろう。確かに時代が変わる時には、シンボルとして切られることが必要なのかもしれない。かれは、その時代の罠にかかってしまったらしい。鈴木宗男氏、佐藤優氏ともに国益のためにと言うのは本当だろう。しかし、他の面々も国益のためにやっているのだろう。その権力闘争で負けたために国策捜査で裁かれることになったと思う。
また、インテリジェンス・オフィッサーとしての情報を取るために、色んな人脈を開くことも必要だろう。その様な必要悪がある。しかし、それ自体は成功すれば、些細なこととして忘れ去られてしまうのであろう。でも、成功しなければ、それは断罪されることとなる。ビジネスの世界も同じかもしれない。
佐藤優氏の本が最近一杯、書店に並んでいる。「インテリジェンス 武器なき戦争」も買って今読んでいる。あと、岩波などから「獄中記」なども出版されている。追々読んでみよう。

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最近読んだ本 チームバチスタの栄光

東京駅近くのブックセンターで、サイン本と言うことで「チーム・バチスタの栄光」が売られていた。「このミステリーがすごい!」第4回大賞受賞作品とのこと。大学病院神経内科の万年講師田口先生がバチスタチームの監査を始めます。バチスタ手術というのは拡張心筋症で、心筋の一部を切り取り縮小縫合して、心臓の収縮機能を回復するものらしい。その手術で術者の納得のいかない失敗が始まる。それを田口万年講師が監査を始める。途中から、インザプールの伊良部先生を彷彿とさせる厚生省大臣官房秘書科付き技官白鳥圭輔が一緒に監査に当たる。果たして、失敗は故意か、事故か。
作者は現役の医者と言うことで医療現場が生々しく書かれれている。そして、心臓を一度止める手術から、元へ戻す時、心臓が鼓動を始めるかどうかの緊張感、術者の心臓も止まりそうな緊張だ。一度殺して生き返している手術。凄いと思う。
でもミステリーというより、コミカルな会話が楽しい小説でした。

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最近読んだ本 「しゃばけ」

ベストセラーとなっている畠中恵さんの「しゃばけ」です。江戸時代の大店の若旦那、非常に病弱だが、妖(あやかし)との交流が出来、そして、不可思議な事件を解決する物語です。

宮部みゆきさんの「あかんべ~~」を想起させましたが、ちょいとテーストは異なります。宮部さんの人情物語とは違い、江戸時代という設定の中で、我々が忘れているイマジネーションの世界を思い出させます。使い慣れた道具も、百年が経てば神格を得て、付喪神(つくもがみ)となります。また、家に入れば、鳴家(いえなり)が居ます。これは、トトロの真っ黒くろすけみたいな物でしょうか。鬼の形をしているとか書かれています。

事件を説いていく過程というよりも、そこに現れる妖(あやかし)達の個性が大変興味深いです。そして、その様な妖を想像できたというより、存在していた時代の人々が忍ばれます。

我々が忘れかけていた想像力と色んな物に対する畏敬の念を思い出させる物語です。

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最近読んだ本 「メリーゴーランド」 萩原浩著

「明日の記憶」の萩原浩さんの本です。山間の市役所に大企業からUターンして、そこ赤字テーマパークを担当することになったお父さんの物語です。そのテーマパークを運営する市の外郭団体(天下りの先)が描かれているのが実にリアルです。本当にありそうな感じがします。読んでいて少々腹が立ちます。前例のないことはやらない、など、作中にもありますが「千年そうしていろ」と言いたくなります。

私の最初の仕事も石炭公害事業団というところを担当したことがあります。炭鉱地区の炭鉱公害による住民補償の機関でした。産炭地支援の一環でしょうが、あまり仕事をしているようには思えませんでした。金をばらまくだけで良かったんでしょうね。

ということで、お父さんの浪漫として読むか、閉塞感だらけの社会に生きていくことのむなしさとして読むか、です。

全体としては、「神様のくれた一言」の方が、おすすめか。

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ウェブ人間論 ウェブで表現される自分とは?

「ウェブ進化論」の著者梅田望夫さんと、芥川賞作家平野啓一郎さんの対談「ウェブ人間論」を読みました。互いのネット空間に対する感じ方の違いがありありと語られています。リアル社会とネット空間を連続してとられる梅田さんと、別の人格の表現空間として捉える平野さん、と感じましたが。
その中で、ブロガーを平野さんが5種類に大別しておりました。
  1. リアル社会と断絶が泣く実名で登場して、有益な情報交換が行われているもの
  2. リアル社会では十分に発揮できない自分を表現している者。趣味の世界とか、分かり合える人への交流
  3. 日記を記録するもの
  4. リアル社会に抑圧され、ネットで本音を吐露しているもの
  5. 一種の妄想とか空想のはけ口として、新たな人格を作り上げているもの
私のブログはどれに該当するのでしょうか。有益な情報は発信していないので1ではありませんね。4,5でもありません。2と3が一番近いのでしょうか。でも何のためにブログを書くのでしょうか。

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千利休 無言の前衛 赤瀬川原平

芸術というのは、日常生活から生まれ、日常生活からだんだん遊離していく。それを日常生活にダイレクトにつなげようとする営みを前衛芸術と定義する。

芸術という概念は、上昇するところを常に前衛芸術に引き戻されて、日常感覚のところまでダイレクトに、次第に露骨に接着される。

その前衛芸術が消失したところにトマソンを見いだす。そのトマソンの議論をしている中で、利休も壊れた茶碗などに美を見いだしていた過程はこれと同じであることに築き、利休が興味の対象となる、そんなときに勅使河原監督から千利休の脚本の依頼が赤瀬川さんに来ることになる。

日本の文化は森林文化で、西欧のように砂漠、草原の文化では餌を見つけたら自己主張しなければならないのに森林文化では、木陰でひっそりと身を潜ませる事で済む。そして、西欧が個人というものがあるのに対して、日本では人との関係という横棒が起点としの発想である、と書く。利休の茶の道というのは、この関係性にあるのではないかと、考える。
利休の求めたものはその関係性を茶室というところで、様式化することで、その関係性をあらわにしたのではないだろうか。言葉で表すことのできない何かを共有することで。

茶の湯とは何だろうか。極めてみたい気もする。

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超芸術トマソン

「日本美術の発見者たち」によると、超芸術トマソンというのが新たなる美の発見として紹介されている。主唱者の赤瀬川原平さんによると、

人の世の道具としての機能を失い、生産性のネットワークから外れながら、なおも人の手の手当を受けて保存されているもの。それは役立たずの度合いでは芸術作品とほとんど等しい存在でありながら、しかし、芸術作品にまつわる文化的価値を超えたところの、超芸術的存在物であった。

となる。<四谷の純粋階段> <無用の庇窓の夢> <歩行者用のダム>などがある。

アートの定義が、辻惟雄さん言うように、

アートは制作者の意識や意図を超えて存在し、のちの人びとの眼によって「発見」され「再生」されるものである。

ということであれば、これからもどんどん新たなる美術が発見され、再生されていくだろう。楽しみです。

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「日本美術の発見者たち」

久しぶりに一気読みです。「日本美術の発見者たち」 矢島新/山下裕二/辻惟雄 著です。矢島新さんが2001年松濤美術館で開催した「眼の革命 発見された日本の美術」展が本になったものです。

縄文土器が芸術として認識されたのは、岡本太郎の縄文土器論です。それまでは考古学の対象となっていましたが、芸術品としては認識されていませんでした。それを岡本太郎の眼で発見されました。

木喰の木彫りの仏像は、地方の至ると所でひっそりとたたずんでいました。それを芸術品として評価し、新たなる美を発見したのは、柳宗悦です。

円空の仏像も、美術品となったのは、昭和になってからです。そして、最近、とみに人気を集めている伊藤若冲、曽我蕭白、などを発見したのは辻惟雄です。

いずれも西欧流の美術というフィルターを持った眼では発見できないものです。それを、「眼の革命」を伴って、新たな分野を想像した人たちが居ました。

美術史というのは新たな美の発見で、発展しつつある学問だと私の「眼の革命」をしました。

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コルチャック先生

「私は子どもたちの父親なのです。私だけがどうして」 自分だけにさしのべられた救いの手を拒絶し、教え子たちと共に死の収容所トレブリンカ行きの貨車へ

ヤヌシュ・コルチャック(Janusz Korczak, 1878年7月22日 - 1942年8月)は、ポーランドの小児科医、孤児院院長で、児童文学作家です。俳優座 加藤剛さんの朗読劇「コルチャック」を見て、岩波ジュニア新書「コルチャック先生」を読みました。ユダヤ人孤児、ポーランド人孤児の孤児院を造り、そこで子どもの人権を尊重した教育を行う。ポーランドへのドイツ侵入後、ワルシャワのゲットーへ、そこで子どもたちを育てるために物乞いまでします。そして、最後には子どもたちと共に、ガス室の待つ収容所へ。

君たちの旅立ちにさいして、いまここに別れを告げなければなりません。長い、長い、旅路への。(中略)
私たちは君たちに、人間の愛というものを与えることはできません。人間の愛は寛大さ無くしてはありえません。許すということは、容易なことではありません。君たちは、自分自身で、寛大であるように努めなければならないのです。
しかし、私たちは君たちに"一つ"だけ与えることができます。
より良き人生への、まことの、ただし人生への-今日ではあり得ない-"あこがれ"を贈ることができます。
おそらく、その"あこがれ"が君たちを、神へ、祖国へ、愛へと導くでしょう。
このことを忘れないように。さようなら。
(雑誌 「太陽のもと」により、1919年)

明日への希望、あこがれだけが、この世界を変えていく。コルチャック、知らなければならない、忘れてはいけない。

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ハンニバル戦記

「オペラ座の怪人」での劇中オペラの最初は、「ハンニバル」である。生首を掲げたり、象が出てきたりする。ハンニバルというと映画「羊たちの沈黙」の続編「ハンニバル」を思い出すが。(象は重戦車だったらしい。)

今読んでいる本が、ローマ人の物語「ハンニバル戦記」(塩野七生著)である。紀元前218年にカルタゴのハンニバルが現在のスペインからフランス側に回り、アルプスを越えてイタリアに侵入し、ローマを脅かす第二次ポエニ戦役である。その後、15年ぐらい南伊にとどまり、ローマを絶えず脅かすことになる歴代の名将である。本によると、カンネの会戦は、各国の士官学校では戦術研究の必須内容となっているらしい。

それにしても紀元前三世紀、年表で見ると、ローマ、カルタゴなどはいくつもの事柄が書かれているが、日本では弥生時代と書かれているだけで何も記載がない。それよりさかのぼるとクレタ文明やトロイ戦役など、紀元前2000年ぐらいからギリシアあたりでは様々の記述がある。日本では、縄文文明と書かれているだけである。

ローマは一日してならずと言われるが、執行官や元老院などの社会仕組み、納税の仕組み、都市国家の運営、同盟諸都市との関係など、柔軟なシステムを取り入れてどんどん、大きくなっていく。

塩野七生さんの著作は文庫本で何冊になるか判らないが、この壮大なローマ人の物語をわくわくした気持ちで読むことができる。歴史の教科書では数行のことが一千年を超える歴史であることを改めて認識させてくれた。まだ、読んだのは「ローマは一日にしてならず}(文庫本2冊)、ハンニバル戦記(同3冊)であるが、少しずつ読んでいきたい。

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映画 「太陽」 オフィシャルブック

<映画「太陽」オフィシャルブック>(太田出版)を読んでいる。西部邁、宮台真司、島田雅彦、桶谷秀昭 などなどが対談やインタビューに答えている。勿論、「太陽」の監督ソクーロフのインタビューなども掲載されている。ひとつの映画を巡って、こんなに多くの論客が語っているのも珍しい。天皇の戦争責任論、天皇の神格性、イッセー尾形の演技、映像美、また、「何故、日本でこのような映画がとれなかったか」という映画監督らの対談、多面から分析がされている。

映画というのは、やはり、このように色んな見方、批評ができるものだと言うことを改めて感じた。最近は、見て楽しんで、すぐに忘れる映画だけしか見ていなかった。映像作品として見ることのできる映画を見なくては。

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最近読んだ本 サウスバウンド 奥田秀朗著

父は元過激派だ! の帯が付いております。伝説の全共闘闘士を父に持つ小学生二郎君の物語です。二郎君は普通の小学生ですが、お父さんはいつも公権力と喧嘩しています。そんな父が疎ましくて仕方がありません。でもお母さんは、そんなお父さんを尊敬しています。実はお母さんも女闘士でした。そんな一家の物語です。元全共闘の世代も60歳を迎えます。団塊の世代も、退職です。20代に、日大全共闘、東大全共闘、それに続くセクトの時代を過ごしてきた世代は、どのように自分の人生を総括するのでしょうか。そんなことを思い起こさせててくれるお話しでした。あの時代、懐かしむだけでなく、これから次の世代に対して我々何ができるのでしょうか。

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「脳と仮想」 茂木健一郎著

茂木健一郎さんの「脳と仮想」を2週間ぐらい前に読んだ。それ以来、まとめようとしているのだがなかなかまとまらない。科学が、「今とここ」という局所的因果律だけを問題にしてきた。それは数量化でき、数量として計算という操作ができることである。その結果、予測ができたり説明ができる。一方、我々の感じる「感動」とか「美」というものは脳の化学反応の「随伴的現象」として片づけられて、そのコンテキストでは解明されることができなかった。

が、それを【クオリア】という言葉で、取り扱うことを可能にしつつある。脳内にある現象に立ち会ったときに立ち上がる志向性、今までの脳内に蓄えられた既知の枠組みに捉えようとする。また、それを蓄積する過程で言語が生まれる。それを表現するために、文学や絵画などの芸術が生まれてくる。そして、その脳内の枠組みで取り扱うことができなかったものに出会うときに脳内の再編成が行われて、自らも生み出したくなる「創造」が起こる。
また、現実が厳しいものであると、脳内のそれに立ち向かうために別のビジョンが生まれてくる。それが救済なのかも知れないとある。

現実のいろんなものを認知するのに、脳が知っているパターンとマッチングしている見たいです。そのマッチングパターンが無いと再編成を行ったり、生存のために別のビジョンを用意したりしているみたいです。そして、それを個人的な体験としてではなく、言語や絵として蓄積しているのです。それが文学、絵画、映像として現れているのです。

脳内の体験は誰でもできます。いろんな芸術などに触れることで、脳内の再編成をやってみましょう。

掲題の本、まだまだ消化不良です。読み込むのを手伝って下さい。

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最近読んだ本 陽気なギャングの日常と襲撃

伊坂幸太郎さん「陽気なギャングが世界を回す」の続編です。今回もしゃれた会話が続きます。物語よりも、その場面場面で語れる言葉が楽しみです。今回も、節の始めには広辞苑みたいな言葉の説明があります。

ひつじ【羊】(略)②執事の読み間違え「執事を呼んだら。-がやって来た」 【羊の歩み】市場に近づく羊の歩みの意。死の次第に近づくこと。

また、ことわざ風には、

ガラスの家に住む者は、石を投げてはいけない。
卵を割らなければ、オムレツを作ることはできない。

など、含蓄のあることわざ(?)が出てきます。
お話しは、短編を長編に組み替えたもので、時間が前後したりしますが、一応は全体としてはストーリーがありました。しかし、ストーリーと言うより、私はそれぞれの会話が面白いので、それの印象しか残っておりません。

いろんな会話を楽しみましょう。

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最近読んだ本 海馬-脳は疲れない

脳について研究している池谷裕二さんと、イラストレータ糸井重里さんの対談です。脳の機能は、いろんな組み合わせを試すことにあるらしい。脳は常に刺激を求めていて、刺激のないところで生活すると、脳の防御反応として幻聴、幻覚を生み出す。自分で刺激を生み出すらしい。また、頭のストッパーをはずすことで新たな発想が生まれるのこと。

人間の体は、ある方向へのエネルギー注入を止めることで、多方向へのエネルギー注入を増やすように出来ています。 「できないかもしれない」と心配するストッパーをはずさないことには、無意識のうちに能力にブレーキをかけてしまいます。一見「無理だ」と思えることでも、気持ちのうちにストッパーをかけずにやり続けてみると、あなたの能力は飛躍的に向上する。

中村天風氏などの思想はこれかも知れませんね。できない、駄目だ、と思い悩むより、やってみると意外とできるます。また、やる気というのはやり始めないと起こらないとも書いてあります。やる気というのは、「作業興奮」として作業している間に脳が興奮してモードが変わっていくことらしい。具体的には脳の側坐核が海馬と前頭葉に信号を送り、アセチルコリンという物質を出すことでやる気が出るとのこと。
従って、いろんな事を思い悩むよりも、ストッパーをはずして、やった方がやる気が出るし、新しいことと出会い、新しい刺激を得ることができ生き生きとなるとのこと。(勿論、道徳や倫理は行動の前提としてありますが。)

くよくよ悩んでいる暇があれば、やってみようと言うことですね。

そのほかにも、脳は不都合なことにつじつまを合わせるために、「ウソ」をつくことがある。脳自体をあまり信じてもいけないらしい。
結構、元気の出る本です。脳というのはこんな物かと、脳自体で考えることができます。

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「フェルマーの最終定理」

サイモン・シン著「フェルマーの最終定理」の文庫版が出ていた。ハードカバーで読んでいたのだが、文庫版も読んでしまった。何度読んでもワクワクします。フェルマーの最終定理は、

   xn + yn = zn がは、n=3以上の時は整数解を持たない

と言うことで問題自体は簡単に理解できる。n=2 の時は、ピタゴラスの定理である。問題が解かれるまで300年近くかかった。最後にアンドリュー・ワイルズによって解かれる。が、解くまでの7年間の隠遁生活、そして発表して、証明の不備を修正するまで約1年かかる。その間の精神力というのは感動物である。その成功は、数学のさらなる地平を開く事になる。その証明は、日本人による谷山・志村予想を証明することであった。この谷山・志村予想というのも、数学の異なった分野が同じ構造を持っているということを予想した物であった。これが戦後すぐに提唱されていた。楕円曲線とモジューラ形式の深い関係を言い当てていた。これが正しいだろうということは予想され、それが正しいという前提の上に多くの数学の証明が為されていた。もしも、これが正しくなければ多くの数学者の仕事が一挙に崩れ去る物であった。そんな危うさの上で数学者は仕事をしていたのである。

フェルマーの定理を証明するということは、数学者にとっては夢であったが、それで一生を棒に振るリスクもあった。その様な挫折を味わった数学者は多い。そのリスクに少年時代からの夢を賭けて挑んでいった姿、そして、精神力、それと数学の裏に隠されている美しさなど、何度読んでもワクワクドキドキのお話です。

ワイルズさんの姿にも感動しますが、戦後間もない時代に日本人が活躍していた姿には清々しさを感じる。(谷山さんは自殺することになるが。)

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「死都日本」 石黒耀著

作者は現役のお医者さんらしい。ペンネームは、黒曜石から取ったらしい。「死都日本」は、第26回メフィスト賞受賞作である。物語は九州の霧島が破局的噴火を起こし日本全土が壊滅に近い打撃を受けるものである。破局的噴火というのは山体を地下深部からじょうご型に破壊する噴火で、霧島火山帯の阿蘇山、加久藤、小林、姶良、阿多、鬼界火山などが挙げられる。確かに阿蘇山のカルデラなどを思い出すと大きい。それ全体が吹っ飛ぶような噴火、それ以上の噴火が何回も起こっていた。それが現代の日本で起こるとどうなるのかというもので、その破局からどうやって希望を持って立ち上がるかというものである。小松京の「日本沈没」に似ているが、こちらは噴火のことが詳細に書かれている。火山学者そのものである。また、この小説を受けてシンポジウムも開かれているみたいだ。九州の霧島での噴火が全世界にもたらす影響はすさまじい。地球に一部で、このような噴火が起これば地球の気候、生態系を変える程の影響を持つ。それらに対して人間はなすすべもない、それを教訓として次の世代にどうつないでいくしかないのだろうか。

しかし、日本沈没の映画化、このような小説の出現など、だんだんきな臭くなってきているのだろうか。

また、画像でたどる死都日本(http://www.kazan-net.jp/shitoWWW/index.html)というサイトも開設されている。

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父親のマリッジブルーからの復帰

父親のマリッジブルーと、プロジェクトの終息で気が抜けていたのかブログの更新が滞っていた。やっと気を取り直すことが出来たので、この間読んだ本について書いてみる。

オロロ畑でつかまえて 萩原浩 著 

「明日の記憶」の作者である萩原さんが「小説すばる新人賞」の作品である。奥羽山脈の一角、日本の最後の秘境大牛山の山麓に、サルノコシカケのようにはりついた寒村の村おこしの物語である。東京の零細広告代理店に頼むとこで物語が展開していく。章立ては広告業界出身により、業界用語で展開していく。萩原氏のユーモア作家の側面を示している。「明日の記憶」と同一の人とは思えない。

ガール 奥田英郎著 

精神科医伊良部シリーズ(インザプール、空中ブランコ、町長選挙)のあの奥田さんです。キャリアウーマンの物語集です。結婚と仕事、仕事と子ども、仕事と年齢など様々な心の揺れを描いています。どうして女の人の心が描けるんでしょうか。不思議です。短編のひとつ一つが女性の心の揺らぎを描いております。

チルドレン 伊坂幸太郎著 

衛星放送でドラマになったみたいです。相も変わらず、理屈好きで、その理屈通りに動く人物が現れます。芥川龍之介の「侏儒の言葉」が出てきます。それと同じくらいの会話がとっても面白く素敵です。いつも伊坂さんの本を読んで思うのですが、あのような会話が日常生活で行えたらいいなと。誰か相手を見つけて練習してみましょう。

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白州次郎 占領を背負った男

「白州次郎 占領を背負った男」読了。話題になっているように、格好良かった。側近政治と批判されるのかもしれないが、結果責任を負うのは吉田茂自身であり問題は無かったと思う。それにしても憲法制定が短期間で突貫工事で行われたことなど興味深く読むことができた。また、制定の過程では自主憲法と言うことで抵抗を示した白州であったが、出来上がった憲法に対しては「良いものは良い」と言い切ったこと。吉田茂が講話を結ぶために安保条約批准を行うが、岸時代の安保条約継続の時は、「占領軍を追い出すために安保を結んだのだ」と言ってある意味冷ややかで合ったことなど始めて知った。自分のよって立つ原理原則を明確にしてそれを曲げないことが「格好の良さ」である。何が自分にとって大切なことか、何を曲げてはいけないことかというプリンシプルを持って生きていく生き方に共感を得た。一読をしてみてはいかがだろうか。

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「終末のフール」から

「終末のフール」にある伊坂幸太郎作中人物セリフ集。本の帯に書かれている名言集は、以下の通りである。終末を迎えることになったら、どんなことを言うのだろうかね。

 この命あるかぎり 生きる道のあるかぎり

  わたしは簡単に許さないですから(終末のフール)
  子供を産んでればって後悔しないかな(太陽のシール)
  どうして逃げているのかな、悪くないのに(籠城のビール)
  恋愛ってのは都合良く始まることもあるんだよ(冬眠のガール)
  明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか(更迭のウール)
  俺は自分で納得するために復讐をした(天体のヨール)
  許しを乞う相手すら思い浮かばない(演劇のオール)
  死ぬより怖いことはたくさんある(深海のポール)

この中で、<明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか>が印象に残っています。

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「終末のフール」 伊坂幸太郎著

相変わらず、夕飯を午前中(深夜1時ぐらい)に食すという生活をやっています。が、読書の習慣はなかなか無くならないもので、伊坂幸太郎さん「終末のフール」を読みました。内容は、小惑星が衝突すると言うことが8年前に判ります。物語は、衝突まで3年という時間設定です。一度は暴力と諦念が吹き荒れましたが、それが一段落して平穏な生活が戻ってきたという設定で、場所は仙台のとあるマンションです。そこに住む一人一人の物語です。いつもの至言がいくつかありました。あと少ししか生きられない状況では何を考えるのでしょうか。障害児を持つ両親は、自分が死んだあとを心配しなくても良いと今の時間を子どもと共有することを考えます。また、あと3年ということに対して、今まで何年生きるつもりで生きてきたんだと、今を生きろとい言う人もいます。いつもの洒落た言葉も出てきます。無理矢理な設定ですが、あるかもしれないな、また、自分は何を思うのだろうかと、ちょっとだけ自分の人生を振り返ることが出来ます。はい、おすすめの本です。

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「伊良部ワールド」町長選挙 奥田英郎著

忙中閑ありで、「町長選挙」奥田英郎著を読みました。「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」(直木賞)での久々の伊良部先生のお出ましです。相変わらず、名医なのか、それとも彼のパーソナリティに癒されるのか、神経症を患った患者さんは最後はおおらかな気持ちになります。神経科というのは、個と個の精神的な交流で患者自身が自分で直っていくと言うのを聞いたような気もしますが、それの実践ですかね。今回は、ナベツネさんを彷彿とさせる大手新聞社社長で有名球団のオーナ、堀江貴文さんがモデル(? 走に決まっていますが)のアンポンマン、若さを保つ為に強迫観念怒られる女優、町長選挙で島内が2分する物語の4編が書かれています。

とくにアンポンマンでは、脳内合理化が進み無駄なことは一切行わなくなり、意味のない平仮名が思い出せなくなります。キーボードさえあれば良いという状態になります。伊良部先生曰く、「遊びのないハンドル、レーシングカーで公道を走ると危ない」など名言が出てきます。旧弊を意味のないものとして切り捨てていく姿は、今のIT長者そのものという感じがします。

伊良部先生と出会うと、人は何故か惹かれて、いつのまにか肩の力が自然に抜けていきます。自分の価値観を否定するのではなく、そんなの意味無いジャンと思わせる神経科の医者は名医なのでしょうね。

と言うことでお薦めの本です。

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「I LOVE YOU」恋愛アンソロジー

祥伝社創立35周年記念特別出版「愛してる、って言葉だけじゃ足りない(オール書下ろし) I Love You」を読みました。

伊坂幸太郎 透明ポーラーベア

 姉貴と姉貴の彼氏の弟からの物語です。さすが、幸太郎です。登場人物、ホッキョクグマがうまくはまっています。不思議なおとぎ話でした。

石田衣良 魔法のボタン

 切なさを演じる女の子と彼女の幼なじみの物語です。ハッピーエンドで良かったと思えます。

市川拓司 卒業写真

 中学時代の彼女と彼氏が出会います。ちょっとした勘違いが。物語の終わった後が楽しみです。

中田永一 百瀬、こっちを向いて

 こんな先輩いたんだろうか。ちょっと残酷で、それがきっかけの物語です。

中村航 突き抜けろ

 青春そのものです。突っ走って突き抜けるしかないか、青春時代は、と感じる物語。

本田考好 Sidewalk Talk

 若い夫婦のすれ違いと、ラストシーンの小気味よさです。最後はどうなったのかなと覆わせます。

という物語のアンソロジーです。お洒落な物語でした。読んで見て下さい。 


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「100回泣くこと」 中村航

以前、土曜日のTV番組「王様のブランチ」で紹介されていた「100回泣くこと」を読んだ。純愛小説です。物語は、主人公のモノローグで進んでいきます。内容は、愛と別れ、それと、それを乗り越える為に泣くことです。そして、主人公は別れを過去のものとすることとして折り合いをつけていきます。これを読んで、泣くことはありませんでしたが、どうやって、この死別に折り合いをつけていくかという過程には興味を持ちました。自分が、その境遇なら、堂折り合いをつけて、新たなる人生を踏み出すことが出来るだろうか、果たして、過去のこととして新たなる出会いを迎えることが出来るだろうか、(と言っても私自身、老い先短いですけど。。。) 物語としては想定の範囲内ですけど、自分に置き換えて、どうやって現実と折り合いをつけるか、と言う問題提起だとすると、考えさせられます。いずれ、私も両親、妻などと、どちらが早いか判りませんが、別れざる得ません。そんなときに、どのように現実を受け入れていくんでしょうか。

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「デセプションポイント」 ダンブラウン

「ダ・ビンチ・コード」の作者ダン・ブラウン氏の「デセプション・ポイント」を読んだ。「ダ・ビンチ・コード」の後だったので期待して読んだのだが。NASAとNRO(国家偵察局)の暗闘もので、多彩な知識には圧倒されるが、リアリティに欠けていた。まあ、それでも一気には読むことが出来た。しかし、あまりお薦めの本ではない。

最近、本を読んでいて途中でやめたくなることがある。このまま、読んでいても時間の無駄ではないかと思うときがある。でも、たいていが単行本上下などですでに購入しており、そのまま読み進むことになるのだが。読みたくなくなるのは、数ページ読んだところで何となく判る。なんだか気持ちが入って行かなくなる。活字の上を目だけが追っていると言う感じで心は他のことをしたがっている。また、文章がなじまなくなってくる。こんな書き方でなく、こう書けばいいのにとか思う。(まあ、自分のブログの文章も駄目だが。) と言うことで、世の中には万巻の本があふれている。この中から自分にとって、読んで良かったと感じる本を選ぶ感覚も必要である。その意味ではブログの感想や、アマゾンのコメントなどは活用させて頂いている。

掲題の本、時間が余っているようでしたらお読みください。

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ダビンチコードと神様

売れまくっていますね。文庫本の売り出しの時は特設コーナーもあり、店員さんが立って宣伝しておりました。と言うわけで、文庫本を買って読みました。特定の宗教をもたない私には、面白かったのですが、カトリック教会などは反発するでしょうね。その点、日本の神様は人間以上に俗しているんで、権威などを守らずに済んでいます。日本の場合、八百万の神で、神様は至るところにおいでになります。また、草木さえも成仏するんですから。(草木国土悉皆成仏) 仏様、神様はどんどん増殖しています。その点、一神教というのは一人しかいないので、その人の権威を保つために大変な努力が必要みたいですね。最近ではコーランの風刺画で暴動も起きています。何となくなじめませんね。また、宗教画も、日本の場合、地獄図とかでどちらかというと、おどろおどろしく、見るものの恐怖心を誘うようなもので、聖人をたたえるというのはあまり見たことがありません。イコンなどは祈る対象なので気高い感じがします。

しかし、聖杯伝説というのが、秘密結社まで伴ってあることはあまり知りませんでした。それに暗号化され、シンボライズ化された絵画や象徴図などは知りませんでした。そのような物語が西洋美術の流れの中にあることが伝説化されていることも知り、ちょっと調べてみようかなという気持ちにさせます。でもルーブル美術館やウエストミンスター寺院など、今からでも行きたくなります。ダビンチコードの出版社角川の下記のサイトは、この本を読んだ後見ると違った見方が出来ます。実物を見たくなりました。

http://www.kadokawa.co.jp/sp/200405-05/

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陰日向に咲く 劇団ひとり

劇団ひとりさん著の「陰日向に咲く」を読みました。帯にある恩田さんの「ビギナーズラックと言うにはうますぎるという」メッセージ通りです。短編集なのですが、それぞれの登場人物がつながっています。そして、その人の人生をスナップショットしていきます。伊坂幸太郎さん「ラッシュライフ」みたいにつながりを考えるのも良いかもしれません。また、文章もだんだんとうまくなっていくように感じます。「OVERRUN」ではホロリとさせられます。若い人の感性を感じます。若い人が活字文化から離れていくと言いますが、そんなことはないと思います。純文学と言われるジャンルの本ほど、深い思想性などは求めるのは難しいかと思いますが、何気ない日常のどこかで感じることを物語化出来るのはすばらしいです。でもタイトルの陰日向と言う言葉も良いですね。日の当たらないところなんでしょうが、すこし塀の隙間などから光がうっすらと差し込む感じがします。そんな言葉に対する感性も感じます。

出来れば、このブログもその様な日常出来事をさらっと書ければ良いのでしょうが。

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「流れる星は生きている」 

今日ご紹介する本は、「流れる星は生きている」です。そう、ベストセラー「国家の品格」の著者藤原正彦さんの母で、新田次郎さんの奥さんの藤原ていさんが書いた本です。昭和20年8月9日、ソ連参戦の夜、満州新京の観象台官舎からこの物語(ノンフィクション)は始まります。それから昭和21年9月までの愛児3人を抱えた日本までの引き揚げです。新京から宣川まで逃れて、そこで夫たちは延吉へ徴用され離ればなれになります。観象台(観測所)の団体で行動することになるのですが、そこでは一人一人が生きていくために、他人の事などかまっておられません。自分が生き延びていくために必死にならざる得ません。宣川の一軒家で北朝鮮の冬を過ごします。食べ物を手に入れるため、子供の病気を治すために母は、行商をしたり物乞いをしたりします。そこでの越冬の後に、38度線を越えるための逃避行が始まります。想像を絶する逃避行です。難民として行軍していきます。生きるために、子供を生かすために。私がそんな状況に置かれた時に、どうするのでしょうか。他人を助けることなどできないと思います。やはり自分の家族、そして自分を中心に考えていくのでしょう。どんな利己的な自分が現れるのか判りません。
でも、このような逃避行が難民としてアフリカなどで実際、今の時間も行われています。生きるために必死で歩いて、または、這っていっている人たちが実際にいます。
何ができるのでしょうか。また、自分はそのとき、どんなことをするんでしょうか。
是非とも読んで頂きたい本です。

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「ウルトラダラー」 手嶋龍一著

ニュース23で筑紫さんと、元NHKワシントン局長手嶋さんが対談をやっていたときに話題になっていた本です。手嶋さんは9.11テロの時にワシントンから中継をやっていた人です。内容は、北朝鮮が偽ドル札を作っているのですが、その偽ドル札と拉致事件、そのドルで巡航ミサイルを買うことでアジアのミリタリーバランスが崩れる危険性と、結局は中国と台湾の関係から日本の武装へと繋がる可能性を見せる。国際関係というのは複雑である。また、そこに現れるインテリジェンスの人たちの優雅なこと。知的で無いとインテリジェンスのお仕事は出来ない様に思われる。小説としては、いろんな場所や、浮世絵、篠笛など幅広い趣味が出てきて食傷気味である。が、アジア太洋州局長の事などに関する結末は、本当に書いても良いのかな、と言う気にさせる。たしかに、今の北朝鮮との外交、アメリカとの外交など、後世においてはどちらが評価されるのだろうか。

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珍妃の井戸 浅田次郎

昔の映画の「北京の55日」(見ていないのだが)で義和団事件が非常に印象に残っている。映画自体は、55日間、蛮族の攻撃に耐えたみたいな印象があり、何となく良い印象をもてなかったのを記憶している。扶清滅洋というスローガン元に、白蓮教系の義和拳教という宗教を奉じる秘密結社「義和団」が外国人や教会などを襲い、その後、公使館域を包囲し、そこで55日間の対峙が会ったものである。それに対して西太后の清国政府は列国に対して宣戦布告を行い、結果、8カ国の連合軍が制圧と言うことで侵略していった。

小説「珍妃の井戸」(浅田次郎著)は、義和団事件以降の物語で、連合軍が紫禁城に攻め入るときの珍妃が西太后により殺されるという史実を題材にしたものです。「蒼穹の昴」の続編という位置づけでしょうが、芥川の「藪の中」風の組み立て方です。列強からどんどん浸食される様が描かれており、ある意味の切なさを感じました。

でも国が滅びるとき、旧弊が崩れていくときという時の、人々が翻弄されていく様というのはドラマチックですね。ドクトルジバコ、風とともに去りぬ など共通するものがあります。
「北京の55日」のビデオを捜して見てみますか。

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「アナン、」飯田 譲治、梓 河人著

「アナン、」飯田 譲治、梓 河人著を読みました。飯田穣治さんの作品「NightHead」は、深夜のテレビで見ました。独特の世界でした。また、この2人の作品「アナザーヘブン」ものめり込みました。今回の「アナン、」も、映像が頭に浮かびます。すでに脚本化されているとのことですので、何時の日か映像化されるのでしょう。物語は、ホームレスに拾われたアナンが芸術家として育っていく話です。第一部でのホームレスが育てていく部分は、そこだけでもっと物語が書けると思うのですが、それを惜しげもなく終わり第2部へと進んでいきます。また、芸術家として自分の内面にある物を表出していく様がリアルに描かれています。物を作るときの気持ち判る気がします。アナンが作った作品を見てみたい気分になります。一気読みできる本でした。

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「クライマーズ・ハイ」

横山秀夫さんの「クライマーズ・ハイ」を読み終えた。2日で完読。横山秀夫さんの魅力というのは職業にかける自負心と組織との葛藤である。今回は群馬の「北関東新聞社」が舞台である。横山さんの警察物と同じく、記者も「手柄」をあげると言うことでは同じなのかもしれない。個性が生な形でぶつかるところかもしれない。現実はどうか知りようもないが、サラリーマンの社会よりも個性がぶつかるところだろう。日航機123便が群馬県の御巣鷹山に墜落するところから始まる。実際に作者の横山さんは上毛新聞に勤務したこともあるので、地方紙の悲哀とプライドが感じ取られる。事件という生ものを扱っているのと、日々、時間に追われる中で、何かを訴える記事の載った新聞を作るんだ、商品としての新聞紙を作るではないという記者の仲間意識と、それぞれの上昇志向とがぶつかり合う。結構、面白くて、あっという間に読み上げた。

直接、社会と面している職業、警察、医師、記者などは、社会の正義を守る、生命を守る、など職業を通じての価値が明確なだけに個人がぶつかり合うことも多いのかもしれない。しかし、私も仕事の上では結構、頑固でぶつかり合うことが多いが。しかし、小説とは成り得ませんね。

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伊坂幸太郎 「砂漠」

伊坂幸太郎さん最新作「砂漠」読了。テーストは、「鴨とアヒルのコインロッカー」に通じるものがあります。モラトリアム期間の大学4年間の物語です。社会生活にでる前の期間というのは、何というのか言葉に表しがたい時間と空間でした。
「どこか遠くの彼方には難破している人たちがいるんだ、こんなに多くの難破を前に腕をこまねいていてはいられない、我慢しろ、今、ぼくらの方から駆けつけてやるから!」

「人間であるということは、自分には関係ないと思われるような不幸な出来事に忸怩たることだ。」
と言うことを掛け値無しに信じることもできたし、遠い世界の彼方を思いやることもできた時代です。
「学生時代を思い出して、懐かしがるのは構わないが、あの時は良かったな、オアシスだったな、と逃げるようなことは絶対に考えるな。そう言う人生をおくるなよ。」
そんな人生を送りつつあります。
「人間にとって最大の贅沢は、人間関係における贅沢のことである。」
確かにそうです。いろんな人とのつながり、家族とのつながりが、いとおしく感じられます。
物語は、北村、西嶋、東堂、南 という東西南北つながり、それに鳥井、鳩麦という鳥瞰から連想される人名、と、シェパードの仲間の物語です。淡々とした会話は伊坂ワールドそのものです。でも、ドライな会話みたいに見えても、彼らのつながり、人を思いやる気持ちは伝わってきます。読後感も、「ああ~~そうだった」と何かを思い出させるものです。おすすめの本です。

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はまらなかったもの

恩田陸さんの「ネクロポリア」(上下)、残念ながらはまりませんでした。幻想の世界に入ることができませんでした。初めからの食いつきが駄目でした。
上下巻買ったので、何とか読み上げましたが、はまりませんでした。どこかの時点で、恩田ワールドに入ることができるかなと思っておりましたが、残念ながら最後まで入り込むことができませんでした。
本の読み始めって、結構、大事ですよね。そこで、一気に読めるか、時間がかかるかが、判ります。残念ながら、「モットーに並び立つ陛下に。。。」と言うフレーズから、少々拒否反応を起こしました。SFでもないし、幻想小説でもないし、ホラーでもないし、サスペンスでもないし、よく分かりませんでした。でも、あの架空の世界を構築できる構想力と、そこでストーリーを展開できることはすばらしいと思います。でも、「夜のピクニック」が良かったな。

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竜退治の騎士になる方法 岡田淳さん

「嘘でしか語れない真実がある。」竜退治の騎士の言葉は重みがあります。でも「ジュリーというねん」という大阪弁でしゃべるちょっと怪しい騎士です。竜は世間話をしていると期せずして現れます。でも竜が退治された後の雰囲気は雨上がりのようにすっきりとしています。
児童文学の岡田淳さんの「竜退治の騎士になる方法」です。先日、娘のオリジナルミュージカル「雨やどりはすべり台の下で」も岡田淳さんの作品でした。児童文学というと、なんだか幼いイメージがありますが、込められている内容はたっぷりあります。いろんな読み方ができます。それが故に、子どもや、仲間と語り合うことができます。あの竜はどんな意味、スリッパをそろえるだけで雰囲気が変わるのかしら、など、楽しい会話ができます。そして、お互いの間にあるとげとげしさ(竜かも)が無くなっていきます。
オリジナルミュージカルでは、「ポアンアンににおい」「リクエストは星の話」「ムンジャクンジャは毛虫ではない」などがありました。
再度、これらの本を読んでみようと思っております。子どもとの会話などをする他のには良い本だと思います。是非とも読んで、感想を共有したいものです。

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孤宿の人 宮部みゆき著

やはり、宮部みゆきさんは時代物で子供が主人公の書き手だと思う。「あかんべ~」なども同様であるが。場所は、四国丸海藩での物語。阿呆だと言われてその呆から取った「ほう」 一生懸命働いてる姿がけなげである。江戸から親の祟りを消すために金比羅参りに来るが捨てられて、そこで匙家(御典医)に拾われて、大好きだっで大事にされた、そこの娘が毒殺される。丸海藩もまた、江戸からの罪人を送られてその取り扱いを廻って藩の盛衰をかけて取り扱う。その過程が、梅原猛さんの「隠された十字架―法隆寺論」を想沸とさせる「祟り」から「神」への昇格過程がある。それを一大ドラマとして繰り広げる物語である。その中で、ひたすらに生きていく「ほう」、その「ほう」を取り巻く人々の姿が生き生きと書かれている。呆の「ほう」から、生きていく方向を著す「ほう」、そして最後は... おすすめの書です。

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介護入門 モブ・ノリオ

YO、朋輩(ニガー)で語られる文体。句点までの長い文章。とても読みやすいとは言えない、が、だんだん読んでいると、そのリズムが感じられる文体。YO、朋輩(ニガー) 語られる内容は、夜、祖母の下の世話を浅い眠りの中でやりながら、そこで色んな思いが語られる。初めは、親戚のお為ごかしの言葉、どう接していいのか判らない親戚などへの反感。でも、だんだん祖母に対する愛情、かけがえのない人であるという思い、母と彼で、彼岸から戻したという気持ち、など、だんだん暖かい物が感じられる。大麻と介護、ロック、組み合わせが異常だが、それが感じられない。だんだん楽しく感じられる。暖かい物語だ。

2004年、「介護入門」で第98回文学界新人賞、同作品で第131回芥川賞受賞の作品です。

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恩田陸 月の裏側 & 伊坂幸太郎 鴨とアヒルのコインロッカー

 ブックオフで立ち読みをしていたら、九州の水郷箭納倉(やなくら)と言うところが物語の場所となっている。また、物語の中で文学書のしりとりということで、一番はじめが「箭納倉」にちなんだものということで「廃市」であり、文学者何とか白秋となっている。まさしく、これは九州の柳川である。故郷です。物語はSFで、柳川の掘り割りが重要な位置を占めている。この町で人類の進化が始まります。物語の中での、柳川の情景を描いているところがありますが、まさしく郷愁をそそる書き方となっております。掘り割りは、まさしく地面とつながっており、船下りで川を下ると地面をすーっと水平移動しているような気分になります。民家の裏庭に面した掘り割り、木が覆い被さってくる川面、船頭さんと一緒に頭を下げないとくぐれない石橋など、柳川の情景が目に浮かびます。
川下りの終点の水天宮には有明海につながる水門があり、ここで堀全体の水量が調整されています。この堀の仕組みについては、映画「柳川堀割物語」(高畑勲監督他)に詳しく描かれています。船を下りると鰻を食する店があります。物語では鰻重を食べることになっているのですが、正確には鰻重ではなくて、蒸籠蒸しです。たれと錦糸卵をあえたあります。タレがご飯にこれでもかというくらいにしみこんでいます。それを蒸した鰻とともに食べるんです。物語の紹介というより、観光案内になりました。

伊坂幸太郎 鴨とアヒルのコインロッカー

伊坂ワールド全開です。ブータンからの留学生と2人の男女学生の物語です。あらすじは書きませんが、3人の物語を完結させるために彼は、本屋へ。感想を書くと荒筋をいいそうになるのでカット。でも相変わらず、お互いの知的な会話が面白いです。渡しの周りにあのような会話をする相手がいれば面白いなと思います。

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最近読んだ本

伊坂幸太朗 「陽気なギャングが世界を回す」
 いつもながら会話が面白い。ストーリーは何となく判るのだが、お洒落な会話が楽しみで読ませてしまう。物語は、映画「スティング」のノリです。悪党(?)同士の騙し合いです。その騙し合いの小道具は伏線として至る所に出てきます。来年の春には、映画になるそうです。

沙籐一樹 「不思議じゃない国のアリス」
 都市伝説みたいな物語が多いです。朱川湊人さんの「都市伝説セピア」もそうでしたが、これも都市伝説の一部です。出てくるアリスの姿が印象的です。北海道の鮭を加えた木彫りの熊を引っ張っております。その名前がクドリャフカです。スプートニク2号に乗った最初の犬の名前だそうです。(帰ってこなかったけど) 自分だけが偶然で生き残った事に罪悪感を感じている主人公に対して生きていくことを教えてくれます。それも、20歳以上の大人は未必の故意での殺人者という論理的な証明で。「あなただけは罪人ではないよ」と

中島敦 「山月記」
 中国文学の素養がたっぷり。漢字もたっぷりです。「己の珠にあらざることを惧(おそ)れるがゆえに、敢えて刻苦して磨こうとせず、また、己の珠なるべきを半ば信ずるがゆえに、碌々として瓦に伍することもできなかった。」と、中島敦自信の嘆きを感じます。なかなか、物書きとして名をなすことができずに、悶々とする彼の焦りが感じられます。

夜市
 今年のホラー大賞です。ファンタジーの世界です。これも朱川さんの「アイスマン」と同じく夜店の懐かしさみたいな物を感じます。夜店というのは異なった世界か、異なった世界に通じる所なんでしょうか。ホラーと言うよりも、宮沢賢治の「銀河鉄道」の世界を感じました。

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電車で涙する変なおじさん?

リリー・フランキーさんの「東京タワー」を電車の中で読んでしまいました。またもや、電車の中で涙してしまいました。変なおじさんになってしまいました。帰ってから読めばいいものを。これ以上読んだら泣くぞと判っているのに読み進んでいました。途中からハンカチでこっそりと。

作者とは一回りぐらい年が離れていますが、彼が育った小倉、筑豊についての体験は共有できます。炭鉱が廃れていき、炭住という炭鉱夫たちの社宅がありました。私の子供の頃は大牟田の三池炭鉱が有名で、炭鉱節を歌っておりました。その炭鉱も、ガス爆発や閉山で町自体がだんだん、廃市となっていきました。北九州として、小倉他が合併して百万都市が出来たのもつかの間で、いつの間にか製鉄所の溶鉱炉は無くなり、町から人がいなくなっていました。そんな中で、九州のオカン、オトンは、

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オーデュボンの祈り グラスホッパー

伊坂幸太郎著「オーデュボンの祈り」「グラスホッパー」を連続して読んだ。どちらも伊坂ワールド全開である。
「オーデュボンの祈り」は、江戸時代から外界から隔絶されている「荻島」での物語である。ヒョッコリひょうたん島を思い出してしまった。喋る案山子は、喋るライオンさん、人を殺すことをが認められている「桜は、さしずめダンディさんか。未来を予測する喋る案山子「優午」が殺される。(バラバラにされる) 何故、未来を予測するにもかかわらず「優午」はその予測を受け入れたのか。嘘しか言わない画家、市場でずーっと座り込んで太ってしまったウサギさんなどが、出てくるところは、「不思議な国のアリス」のテーストである、いな、喋る案山子は「オズの魔法使い」かも知れない。いずれにしても、不思議な気持ちで読んでしまった。
「グラスホッパー」は、殺しや業界の物語。「罪と罰」だけを読んでいる自殺を請け負う「鯨」、ナイフで一家殺人などを請け負う「蝉」、この業界大手の「令嬢」に復讐のために潜り込んだ元教師、その復讐相手を自動車の前に押し出して殺す「押し屋」などが主な登場人物である。このように書くと重々しい物語と思われるが、「実世界と繋がっがっているようで、繋がっていない世界」である。それぞれの人物の会話が面白い。それぞれが、「鯨」にしろ「蝉」にしろなぜだか意識せざる罪悪感からか、ある意味の破滅に向かっていく。それなりの虚無感を感じさせる物語であった。

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「魔王」 伊坂幸太郎著

何となく、今の時代を感じさせる物語であった。ファシズム、全体主義、それに違和感を感じながら流されていく感じである。考えろ、考えろ、何かが違う。表現できけど、何となく違うぞ。今の時代が、右傾化、ファシズムに流されているとは言わないけど、何となく違うぞ、と言う感覚を起こさせてくれる物語だ。純粋な兄弟の関係、やりとりは、「重力ピエロ」を彷彿とさせる。

物事を明確にすることはそれなりに大切であるし、ある意味すっきりするかも知れない。が、どちらかを決めると言うことは、それなりの逡巡があると思う。それが感じられない決定というのは、すっきりするが、もう一度、考え直した方が良いのではないだろうか。

何となく、不安定さを感じさせる物語でした。それから、「人間は基本的に殺人には抵抗感がある。しかし、命令されると難なくやるし、集団は罪の意識を軽くし、各々が監視して命令を拒否することを牽制しあう。」 以前、書いたルワンダでのフツ族のツチ族のジェノサイドなどに繋がる言葉だ。

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「容疑者Xの献身」 東野圭吾著

本日は久しぶりに早朝ランニング。虫さされに懲りて、短パンではなくてロングパンツで颯爽と行きたかったが練習不足がたたっておりました。途中でお腹が痛くなりリタイア。練習量を増やさなくては。と言うことで、帰って久しぶりのプログラミングと読書。

東野圭吾さんの「容疑者Xの献身」を読む。昨日池袋のリブロでは、この本を5冊まとめ買いしている人を目撃した。どうすんだろう。数学の天才の誉れが高かったが、研究活動が続けられずに高校の数学の先生をやっている石神が、あこがれの人である隣人が起こした殺人事件に対して。。 それに対して大学時代からライバルとして競っていた物理学者が。。

あまり書くとネタばれになるので書き込むことは出来ませんが、完全ではないが、崩せないアリバイというのは主張する本人が首尾一貫して主張が出来ることか。「答えを出すことよりも、その答えが正しいかどうかを確認することが難しい」という主張はそこにあったか。

間違った答えでも、一度証明されてしまって結論(判決)まで行けば、それは再度、検証されることはないということか。主人公の石神に対しては、そこまでやることの切なさみたいなものは、あまり感じられなかった。論理で生きていこうとしているからか。でも、論理で、物事は行えたとしても、生きていくことは論理だけではないという結論でした。

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「花まんま」 朱川湊人著

「花まんま」朱川湊人著を読みました。6つの短編から構成されております。ご存知のように、「花まんま」で直木賞でした。それぞれの物語、子どもの頃ならあったかもと思うような不思議が出てきます。著者とは10歳ぐらい、こちらが年を取っていますが、我々の子ども時代でしたら、そこいら中におどろおどろしい世界があってみんなで共有していた様に思います。それが10年少し離れると都会の中に個々人の不思議な体験として秘められた物語として書かれるのかなと感じます。また、著者の原体験かどうか分かりませんが、中心から離れた周辺で生活せざる得ない人たちの中に、突然、紛れ込まざる得なくなる、そこでの違和感みたいなものを全編を通じて感じました。それが不思議な世界に繋がる様な気がします。中心の世界と、周辺の世界、中心の世界が周辺の世界を取り込むためには、ちょっとかいま見る窓があって、それがまれなる世界として移るのかも知れません。都市伝説セピアと比べると、少々、都市伝説の方がおどろおどろしかったですが、「花まんま」はそのおどろおどろしい世界が現れてくる構造みたいなものを書いているかと思います。

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ジェノサイドの丘 知らなかった

1994年、アフリカ中央のルワンダで百日の間に80万人近くの人が殺された。フツ族とツチ族の大量虐殺とその後のフツ族難民の大量流出は、衝撃であったが、その内容については知らなかった。失礼な言い方になるが、未開の部族間の抗争と思っていた。アフリカをもっと知ろうと、『We wish to inform you that tomorrow we will be killed with our family』(邦題『ジェノサイドの丘:ルワンダ虐殺の隠された真実』、2003年刊)を読んだ。殺した方に回ったのは、教会の司祭、司教であり、その息子の米国留学経験を持つ医師であったり、教師たちであった。所謂、知識ある人々が参加してジェノサイドが行われたのだ。「医師が患者を殺し、教師が生徒を殺し回った」のだ。読んでいて、何で、理解できないと、何度も何度も考え込んだ。また、その間、世界はポケットに手を突っ込んで見ないふりをしたのだ。プールもある邸宅に住んでいる住民同士が。また、高級ホテルに避難した人たちは、

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震災時帰宅支援マップ

「震災時帰宅支援マップ(歩いて帰る)」を購入。東京では昼12時に首都圏で直下型地震が起こった場合、都内で390万人の帰宅困難者が発生するとのこと。(「東京における直下型地震の被害想定に関する調査報告書」より) この帰宅困難者を支援するのが「帰宅支援」と言うことで、都内の幹線道路16路線を「帰宅支援対象道路」に選定して、2km以内の都立学校などを「帰宅支援ステーション」として水、トイレおよび情報などの提供を行う予定らしい。今の勤務先からだと、

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朱川湊人 白い部屋で月の歌を、都市伝説セピア

朱川湊人著の「白い部屋で月の歌を」と「都市伝説セピア」を読みました。最初のものは角川ホラー大賞です。「花まんま」で直木賞の方です。一人称の語りが独特です。手紙の形式や、思い出として語る形式が印象的です。「白い月・・・」「フクロウ男」「死者恋」などでは、それが効果的です。いずれも最後には、仕掛けがあるわけですが、その語りの中に中性的で、淡々と語ることで独特の世界に引き込まれていきます。題名にある「白い世界・・・」の異次元へだんだんと入っていく感じがします。「昨日公園」では、もしも自分がと思ったら、切なくなる気持ちもありました。いずれにしても現実世界からだんだん離れて、色でいえば白、中性的な異次元へ引き込まれていきます。

「白い部屋で月の歌を」には、題名のものと「鉄柱(テツノミハシラ)」
「都市伝説セピア」には、「アイスマン」、「昨日公園」、「フクロウ男」、「死者恋」、「月の石」
があります。ご一読を。

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本の秘密 装丁の秘密

東野圭吾著の「秘密」という本がある。単行本、カバー(というのかな?)がかかった状態(写真1)は、単純なデザインで何の変哲もない。ある日、そのカバーがはずれた。そのとたん、カラフルな装丁の本となった。(写真2) うん~~~と思わずうなった。ここにも「秘密」があったんだ。カバーをはがすなんてなかなかやらないと思う。この秘密に気付かずにそのままにしている人も多いと思われる。そんなカラクリが仕掛けられたいたとは。それも本に関係ある娘の部屋の鳥瞰図である。私だけが知らないだけで、有名だったのかもしれない。

写真1P1000248                  写真2P1000247

奥田英朗著の「ピピラポ」という本を買った。これもカバーをはずすと大変なことになる。カバーを掛けた状態は写真3の通りで、思わせぶりなのぞき穴がついている。これのカバーをはずすと。。。後は、本屋さんで試してみてください。帯には「いや~ん お下劣。」と書いてあります。気をつけてカバーをはずしてください。

写真3P1000251

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最近読んだ本 「邪魔」 奥田英郎

最近読んだ本「邪魔 上下」 奥田英郎著。奥田英郎さんの本は、それぞれが違った世界です。「インザプール」「空中ブランコ」などのドクター伊良部もの、ピカレスクの「最悪」、今回は、刑事物「邪魔」でした。刑事物と書きましたが、主人公は誰だったんでしょうか。九野という刑事か、それとも及川の妻なのか。後者の方なのかもしれません。ささやかな生活を守るためにだんだんと社会から逸脱していく及川の妻。東京近郊の小都市での事件です。守ろうとすればするほど、少しずつずれていく怖さを、感じさせる物語です。次はどんな世界を書いてくれるのでしょうか。「ララポピ」を次に読んでみましょう。これもこれまでと違った世界らしいです。

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最近読んだ本 「誰か」宮部みゆき

最近読んだ本は、宮部みゆきの「誰か」。財閥会長の運転手・梶田が事故死、Sの自叙伝を書く様に残された姉妹から依頼された会長の娘婿三郎。梶田の人生をたどり直し、真相に迫るが。宮部みゆきさんの現代物は、最後になってどろどろした人間関係が明らかにされる。今回も、事故死した運転手の過去が主題かと思って読み進めると途中からそれが変わってくる。会長の娘婿夫婦の生活、運転手の人生、その娘の生き方、それぞれが対比されていく。それぞれが自分の世界をじっと守るために生きていく姿が描かれていく。が、「火車」「クロスファイア」別として、宮部ワールドは江戸時代の人情が絡む物がやはり好きです。 「あかんべえ」「日暮し」「ぼんくら」などの宮部ワールドが好きです。でも昭和初期の2.26事件を舞台とした「蒲生邸殺人事件」は好きな部類でした。

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「手紙」 東野圭吾著

昨日は最終で午前様でした。朝、電車の中眠たいはずなのに、「手紙」東野圭吾さん著をついつい最後まで読んでしまいました。最後の方は、品川から東急に乗っているところでしたが、ついつい涙してしまいました。寝不足なので涙腺がゆるんでいるからではなく、本の内容に涙しました。弟を大学にやるために強盗殺人になった兄。その兄のため、様々な苦労をしていく弟。帯にありますが、「あなたが彼ならどうしますか?」 どうするんでしょうか、私は? その人が隠したいことを知った、その人の周りにいる人たちは、関わりたくないという気持ちと、差別してはいけないと言う気持ちに揺れ動き、関係がぎこちなくなる。それが逆差別として表れる。一度、その人の陰を知ったら、同じつきあいができるんでしょうか。難しい問題ですね。「あなたは彼に何をしてあげられますか?」 読んでみてください。おすすめです。

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ラッシュライフ

選挙も終わった。右傾化だけは嫌だ。期待というより不安の方が先に立つ。見つめ続けるしかないのだろう。

さて、先日、伊坂幸太郎さんの「ラッシュライフ」を完読。5つの物語が、関連を持ちながら、時間軸を少しずらしながら進んでいく。最後は、それが全部結びつくのかと思ったが、結束点へ収束していくのではなく、別々の道へ行ってしまった。群像劇というものか。クレージーな出来事が平然と起きていく。岩手山を目指した河原崎君、宝くじに気付いた豊田君、展望台から飛び降りそうになった精神科女医さん、「重力ピエロ」に出てくることになる泥棒の黒澤さんなど、気になる終わりかたでした。あの達観した野良犬君は、なんの象徴だ。映像化はできないと思う、確かに、文章でしか表せない世界だろう。どう評価していいのか判らない作品でした。どう読んだのか、読んだ人、コメント頂戴。

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「死神の精度」 伊坂幸太郎

伊坂幸太郎さんの「死神の精度」を読みました。友人に勧められて伊坂幸太朗シリーズで読んでおります。前回は「重力ピエロ」でした。今回の物語は、死の国の調査員千葉さんのお話です。自殺、病死以外の死に選ばれた人間が死ぬのにふさわしいかどうか1週かにわたり調査がお仕事です。物語は6編からなります。「恋愛で死神」では、ちょっとホロリとし、最後の「死神対老女」では、ああ~~生きてて良かったと思わず思います。また、死神さんの

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ゲッペルスの言葉 ヒトラーから

ベルリン陥落が迫っている時に、ヒトラーの官邸地下壕でのゲッペルス(宣伝相)の会話
ゲッペルス配下の官吏ハンス・フリッチェ部長
「しかし、国民が示してきた忠誠、信念、献身的態度は無視してはなりません」
(中略)
「自分は国民に同情はしない。国民がみずからこの運命を選択したのであれば、なおのことだ。1933年、ドイツの国際連盟脱退の是非を問う国民投票が行われた時、国民は自由投票によって隷属の政治を捨て、果敢な挑戦の政治を選ぶ決断をした。(4500万人の有権者の95%が脱退に賛成) その挑戦が今や挫折したのだ。
(中略)
「われわれはドイツ国民に無理強いをしてきたわけではない。同じように私はいかなる人間に対しても、自分の部下になるように無理強いした覚えはない。国民が自分の方からわれわれに委任したのだ。・・・・つまりは自業自得ということだ。」

ヒトラー 最後の12日間 ヨワヒム・フェスト著 岩波書店から

http://realdaddy.cocolog-nifty.com/realdaddy/2005/08/post_0173.html

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重力ピエロ テロメア

伊坂幸太朗さんの「重力ピエロ」を読んだ。推理小説と言うよりも、知的会話を楽しむ家族の物語という感想を持った。ハードボイルド小説のセリフとは異なり、こんな知的な会話が出来れば楽しいだろう、また、そんな知的会話が出来る仲間がいればと思ったりした。その意味では、何か新鮮な物を感じたが、表面上を流れていったという感じも持った。それ以上、深くはいること感情移入が出来ない。物語の主題をしめる遺伝子の話で、テロメアという名前が出てくる。遺伝子DNAの複製が永遠に続かない要因として、

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定年ゴジラ 重松清

重松清さんの「定年ゴジラ」完読。また、電車の中で汗をぬぐう真似して、そっと目頭を拭きました。目頭があつくなりますね。

くぬぎ台というニュータウンで定年を迎えたオヤジたちのお話。流星ワゴンと同じペーストです。チュウさんという名前も、役割は違いましたが出てきました。中学生時代の友達のチュウさんが言います、「(このニュータウンには)......負けた奴やがんばれなかった奴を許してくれる人いねえから、なんのことはねえ、勝った奴とがんばっている奴しか住めねえ町になっちまうんだ。わかるか?」と。がんばっていくことは悪いことではない。しかし、がんばれない奴もいるんだ、そんな奴を認めないような社会にはしたくない。がんばって何が悪い、がんばれなくても何が悪い そんな町にしていきたいな。がんばっているオヤジ、がんばることができなくなくったオヤジに読んで欲しい本でした。

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「震度0」 横山秀夫

横山秀夫さんの「震度0」、読了。N県警の本部長、警務部長のキャリア組、警備の準キャリアの部長、生活、交通、刑事のノンキャリの3部長の、警務課長行方不明になったことをきっかけに、駆け引きが始まる。それに官舎でのそれぞれの夫人が加わり、複雑な上下関係、自分の出世や天下り先をかけた精神的なサバイバルが始まる。組織を維持していくためには、このようダイナミックスが必要なのかもしれない。「半落ち」みたいに、一人の生き方を軸に様々な人間が関わり自分の人生観を照らし出すと言うことでは無かった。自分的には、一気に読み上げると言うことなく、途中で読むのをやめれば、そのままになったかもと言う本でした。

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博士の愛した数式 映画になるそうです。

遅ればせながら「博士の愛した数式」をアマゾンのリーユース本で手に入れて読み始めました。元々は数学の徒でしたので、数論など懐かしく思われます。フェルマーの定理は、代数幾何の発展で無事に最近解かれました。その物語は「フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで」という本に書かれています。これもドキドキする読み物でした。でも、考えると言うことは面白いですよね。最近のテレビドラマ「ドラゴン桜」(落ちこぼれの高校で、特進クラスで東大を目指す物語)で、

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芥川賞 「土の中の子供」

中村文則さんの「土の中の子供」(新潮4)を読んだ。芥川賞である。最近珍しい観念的な小説であった。死ぬことも生きることも出来ないタクシー運転手。子供の時に、虐待を受けて自分の存在自体が希薄であり、恐怖の中に自分の居場所を求めている。ものを落とすが好きで、その落下の間に、生と死の間にある瞬間。それ自体が慰めであった。生き方自体が、その落下の瞬間にあるままである。その落下を求めて、最終的には死にも至らない生活。究極は、その落下の最終過程まで行くことでやっと「泣くこと」が出来た。落下の間にある不安と恐怖、また、その後に控える愉悦。自分の存在が不安定になると、こんな精神状態になるのだろうか。大切にされなかったことにより、自分の存在が不安定になっている主人公に、ある意味、共感できた。作者は27歳だそうだ。ある意味、サルトルの「嘔吐」に近い、存在自体の不安定を感じた。

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グレイヴディッガー 墓堀人 (高野和明著)

グレイヴディッガー 墓堀人 (高野和明著)完読。昨日、品川の駅で買ったが、思わず、一日で読んでしまいました。一日の出来事(24時間みたい)で、赤羽から大田区の六郷までの追いつ追われつのサスペンス。特に、通勤経路で六郷は通るので土地勘もあるので楽しめました。隅田川を越える苦労や、モノレールに至る道のりなど、あそこかと想像できました。ストーリーは、ネタバレになると困りますので、

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流星ワゴン 泣きました

重松清さんの「流星ワゴン」読みました。電車の中で、思わず、またまた泣きました。そっとハンカチを目に何気なく、気付かれないようにして拭きました。物語は、(あまりネタばれにならない程度に)親子の物語です。それも男親の物語です。解説にもあるように、親父は家父長制度で中味はなくとも型にはまることでやっていけました。高度成長の時代は、

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いつ大人になった。ビタミンF

いつ大人になったんだろう

重松清さんの「ビタミンF」を読みました・「中途半端な37、8歳のお父さん」の物語です。子供も思春期を迎える時期で、自分の人生もある程度、先が見えてくる年代です。いつの間にか、中年の大人にいつの間にかなっている世代です。お父さんとして、子供へどのように接すればいいのか悩んでいる世代です。子供のつきあい方は誰も教えてくれませんでした。

我々はいつ大人になったでしょうか。「論語」為政によると、「三十にして立つ」すなわち、

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「佐賀のがばいばあちゃん」

島田洋七さんの「佐賀のがばいばあちゃん」を電車の中で読んだ。今年の秋に映画になるそうだ。

http://www.gabai-baachan.com/index.html

途中、思わず、涙腺がゆるんでしまった。洋七さんが1950年生まれの一つ上だから、このエッセーにある佐賀で暮らしていたときに、私は隣町の福岡柳川で小学生・中学生を過ごしていたはずだ。物語は、広島から佐賀のおばあちゃんのところへ預けられた洋七さんが

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「さおだけ屋はなぜ潰れないのか」

「さおだけ屋はなぜ潰れないのか」(山田真哉著 光文社新書)を今日の通勤時間に読み終えた。身近な疑問からはじめる会計学ということで、身近な問題から会計の仕組みを説いていく解説書。中味の会計のお話は、すでに知っていることで、

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夜のピクニック

夜のピクニック 仙台の高校生が、ウォークラリーで早朝に交通事故にあったニュースとダブり、亡くなられた高校生の無念を思うと残念で仕方がない。

 すでに読まれた方もいるかもしれないが、2005年第2回本屋大賞受賞作品である。高校での歩行祭で、昼夜にわたり80Kを歩きながら、自分の内面、友達の内面を気付いていくという物語。途中に「今を未来のために使うべきでなく」というフレーズがある。振り返

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「椿山課長の七日間」 浅田次郎

「椿山課長の七日間」浅田次郎著、連休前半に読みました。朝日新聞に掲載されていた物語です。中年のデパートマンが突然死で、天国へいくか地獄を行くかを判定する中陰の役所(?)で「邪淫の罪」で教習を受けるが、納得せず、それを異議申し立てし七日間

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「邂逅の森」 久々の小説

積ん読であった「邂逅の森」を一気に読み上げた。131回直木賞であったものである。同時に受賞した「空中ブランコ」はすぐに読んだのだが、これは積ん読の状態にあった。連休後半に読み始めたのだが、それからは一気に。松橋富治というマタギの物語。冬山の真っ白い雪の中で、真っ青な空が映像として残っている。明治から昭和にかけて、

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村上龍さんと鳥越さんの対談

今日の朝のテレビで村上龍さんと鳥越さんとの対談があっていた。「半島を出よ」の話であった。日本が経験していない武力占領で、どうしていいのか途方に暮れる日本人、最悪の経済状態-預金封鎖、消費税の高騰、失業率のアップなど、最悪を書いたらしい。が、経済学者のブログでは最悪のことでないこと自体が

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「水の眠り 灰の夢」 桐野夏生さん

桐野夏生さんの「水の眠り 灰の夢」(題名の由来はよく判りませんが)を読みました。一気までは行きませんでしたが、2日ほどで読みました。昭和38年ぐらいのお話。あの当時の爆弾魔 草加次郎を追いかける週刊誌のトップ屋(梶山季之らの梶山軍団がモデルらしい)の

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[半島を出でよ」村上龍

村上龍さんの「半島を出でよ」を読み始めた。まだ上巻を読んだだけだが、カタカナの名前が出てきて感情移入がまだできていない。でも、シチュエーションは、経済的破綻を起こした2011年日本に、北朝鮮から反乱軍の名目で福岡が占拠されるというもの。福岡や福岡弁は非常に懐かしく感じる。その福岡の福岡ドームが9名ほどのコマンドで3万人を人質にとられて、その次に500名ほどの部隊が空から侵攻して、

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最近の読書 横山秀夫シリーズ

この間、花粉症で本を読めなかったが、以下の本を読みました。横山秀夫さんシリーズ、「半落ち」「第三の時効」「顔 FACE」です。どれも警察物です。横山さんの小説を読むと、

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IT不良資産

「IT不良資産」ダイヤモンド社を、斜め読みした。(概要を理解するために、斜めに読んで、ちゃんと読む価値があると思えば、再度、読むことになると言う意味) それによると、IT資産はハード、ソフトで日本においては約16兆円で、そのうち30%が不良資産化しているとのこと。4.4兆円近くだ。また、それを運用維持していくIT運用費用は約5兆円、そのうち約50%が不良化しているとのこと。両方で7兆円、タイの国家予算の3倍以上だそうだ。

IT不良資産―12のチェックポイ...

確かに我が家でも、パソコン5台、(-_-;)

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「柔らかな頬」完読

桐野夏生さんの「柔らかな頬」上下を完読。読み終わって、何とも言いようのない気持ちになる。北海道の鉛色の海と人一人もいない荒れ地の風景が印象に残っている。粗筋を書くのは御法度なので書かないが、子供が行方不明になったことで、それぞれが原罪を抱えて、「漂流」していく様が、なんとも救いがない。スキルス癌に冒されている余命無い人物の登場で、

柔らかな頬 (上)文春文庫

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絵本の不思議

DSCF0003先日、つれ合いが「絵本の題が思い出せない」と言って大騒ぎしていた。小学校に常備されていた絵本で、子どもたちが大変喜び、自分も好きだった絵本らしい。と言うことで、インターネットでの検索を行うことに。検索ワードは「おやすみ」だけだったが、それでは大量の検索結果が出てきた。ほかに何かないか、と言うことで「動物園、警備員」と来たところで、ある絵本が出てきた。その表紙を見たとたん、大騒ぎ 「これだ。。。。。」 「おやすみゴリラくん」でした。

おやすみゴリラくん


 この絵本、ほとんど、言葉がなく、絵だけ。ということは、

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人生五十功なきを恥じず

昨日、書いた「50代からの選択」を朝の電車の中で完読。大意は昨日書いたことで間違っていなかった。50代は、会社で未練を残さず、さっさと成仏しろ。後10年ぐらいしかない、その後の20年近くを考えよとのこと。「成仏」というのが気に入った。人生リセットするためには、「成仏」しかない。ささっと、「成仏」して、違った自分になろう。諦念ではなく、さっさと自分の好きなことを考えようということ。漢文には、細川頼之の「海南行」と言うのがある。
    
  海南行  細川頼之
   人生五十愧無功
   花木春過夏己中
   滿室蒼蝿掃難去
   起尋禪榻臥淸風

意味は、

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嫌でも目についた「50代・・」という本

帰宅途中、本屋に寄った。目についた本が「50代から選択 ビジネスマンは人生の後半にどう備えるべきか」 大前研一著だった。意識の中で、いつもこの後どう生きるかを考えているためか。それとも、「50代から」というフレーズが気になったからか。(ほとんどが30,40代からだよね。) 帰りの電車で、3分の1を読んだだけだが、会社など興すやつは、とっとと起こして35歳ぐらいでピークを迎えている。30代後半、40,50代は、
50代からの選択

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